日原天文台

 日本環境協会が平成20年度に主催した夏期全国星空継続観察の結果、日原天文台と福井県自然保護センターが24.4等で本州では一番光害が少なく、全国でも二番目に光害が少なかったそうです。ちなみに全国での1位は沖縄県波照間島(24.5等)だったそうです。これはうれしいニュースです。

 私の住む左鐙の畳は、周辺に明かりがとても少ないため(それだけ暗いのですが…)、天文台よりももっと星がよく見えます。天の川も良く見えます。まるで宝石を散りばめたような夜空です。しかし、天文台もとても星がよく見えることには変わりありません。

 悪石島等では皆既日食がみられる7月22日には、日原天文台では部分日食が見られます。観測会を行うそうなので、どうぞ皆様お越しください。天文台の斎藤さんが日食について色々なことを教えていただくと思います。

  はじまり 9時40分 最大食 10時58分 おわり 12時19分

 日食の観測には、専用の日食グラスを使わなければ、目に障害を受ける可能性もあるとのことなので、ご注意ください。

 この天文台の横に、ペンション北斗星があります。ここのご主人は、子どもの通う高校や中学校の陸上のコーチもされており、自慢の料理は、左鐙の京村牧場の黒毛和牛や左鐙のわさび、天然鮎を使われます。手作りのベーコンもあるそうです。

 妻がペンション北斗星の料理のファンで、友だち親子や上の子どもと、卒業や入学などのお祝いの食事に、ペンション北斗星に出かけています。

 津和野の町中には、イタリア料理のポンムスフレがあり、シェフの赤松さんは周辺の学校で味覚の授業(食育)を行っておられます。赤松さんは、2006年に島根県で初めて味覚の授業の指導者の資格を取得されました。地元の食材を使ったイタリア料理は、とても好評です。私も親戚が来た時などには、洋食の場合にはポンムスフレさんに案内します。

 剣道もかつて長石剣道大会で優勝された腕前を持っておられる凄腕の料理人です。

 仕事で全国各地で料理をいただく機会もあるのですが、津和野町内の料理屋さんは全体的に美味しいと思います。山の幸、海の幸、川の幸に恵まれ、料理人の方々も不断の努力をされているのだろうと思います。

 左鐙には料理店はありませんが、鮎、ツガニ、わさび、原木しいたけ、こごみ、タラの芽、行者ニンニク等、山の幸、川の幸がとても豊富なところで、日々、美味しい食材に恵まれています。  

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高津川の鮎

 先日、津和野町日原の美加登家で食事をする機会があり、若おかみさんとお話をしていました。

 『ミシュラン東京2009ガイド』が発行されて、その分野で特に美味しい料理を意味する一つ星に選ばれてから、「どうですか」と尋ねましたところ、一見(いちげん)様の予約が増えているそうです(全国から高津川の鮎料理をとても楽しみにして来られるお客様も多いので、予約を入れられたら、確実に来てくださいね)。

 美加登家さんには、旧来、県外から多くのお客様が来られますが、やはり二年連続清流日本一になり、ミシュランガイドでも東京新橋店「鮎正」が一つ星を受賞したことが大きいのかもしれません。

 ますます高津川の鮎が全国的に注目されていくような気がします。

 ちなみに美加登家さんの鮎の多くは左鐙地区で獲れた鮎です。

 また、先日は、東京から来客があったので、津和野の旅館「原田屋」で、鮎と「あゆかけゴリ(鮎を食べて育つゴリで、とても美味です)」を中心として料理を作っていただきました。

 原田屋は、津和野の鯉の泳ぐ殿町のすぐそばにある小さな旅館ですが、御主人の島田さんが作る料理がとても美味しく、プライベートなお客様をよくお連れします。

 また、高津川の側の日原地区には、他にも鮎料理を作る店が多く、料理店 若松屋さんの料理は評判がとても良いです。長期滞在者などは、泊まりながら鮎やツガニ料理をいただく「ふたば旅館」を利用する方も多くおられます。ふたば旅館の下にあるスナック「美美」は、やさしいみえちゃんが迎えてくれます(リーズナブルです)。

 津和野町に日本一(自称)の鮎を食べにぜひお越しください。

 津和野町内には、温泉まで畳敷きで、おかみさんもとても親切な「津和野観光ホテルわたや」や、まだたくさんのホテル、旅館がありますので、こちらの津和野町内旅館一覧をご覧ください。書ききれなかったので、またいつか書きます。

 さぶみブログが、町内の旅館案内になりました。左鐙で獲れる鮎がとても素晴らしく美味しいことを書きたかったのが、こんな文章になりました。

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左鐙小学校校庭芝生化事業

 6月13日(土)に、左鐙小学校校庭に芝を植える作業を、小学校PTAや児童、地域住民の方々がたくさんお集まりいただき、行いました。

 左鐙小学校校庭芝生化事業は、体に負担の少ない芝生を校庭に植え、子どもたちの運動時のけがのリスクの軽減や、運動時の足腰への負担を軽減するために実施することとなりました。

 この事業は、左鐙小学校PTAと左鐙公民館が企画し、左鐙公民館が指定いただきました島根県指定のモデル公民館事業の予算をいただき、実施しました。

 子どもたちのみではなく、高齢者のグランドゴルフや地区民運動会においてもケガや体への負担軽減になるように思います。

 作業の前日には、左鐙公民館主事の藤井隆一さんがトラクターで校庭を掘り起こしていただき、PTAの藤井宏さんや安見真司さんが、羽野さんからいただいた水巻き用のスプリンクラーの設置の準備をされていました。

 当日は、私は仕事が3件も入っており、なおかつ自分の担当する他の行事もあり、相当遅れて少しだけ参加させていただきました。一株だけ植えさせていただきました(申し訳ありませんでした)。

 一面、芝生が植えられ、秋の運動会には一面芝生のグランドで開催できるだろうと楽しみにしています。

 学校と地域が一体となってできることが、左鐙地域の最大の利点だと思います。 

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ほぼ2か月ぶりのブログ更新です

うしょう 4月、5月が多忙で、ほぼ2か月ぶりのブログの更新になりました。今日は、本当に久しぶりの本格的な雨で、畑や水の少なくなっていた高津川にも恵みの雨となりました。

 その間に、5月中旬には鮎の解禁が始まったり、今週末には網の解禁も始まります。

 二年連続清流日本一になったためか、今年は他県ナンバーの車を多く見かけます。

 また、『ミシュランガイド東京2009』において、その分野で特に優れている一星に、津和野町日原の天然鮎料理店『美加登家』の東京新橋店である『鮎正』が選ばれたことも、高津川の鮎の評価の高さを表しているように思います。

 話芸の神様と称された、益田市出身の徳川夢声氏は「これはこれ日本一の鮎どころ」と高津川の鮎を褒め称えておられます。

 本当の豊かさは、ネオンの明りに照らされた下にあるのではなく、太陽の明かりに照らされた自然の恵みの中にあるように感じています。

 子どもを連れて遊園地などに遊びに連れて行くことも楽しいとは思いますが、自然の山川で子どもと過ごす時間は、子どもにとって一生忘れられない思い出となると思います。 

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これでいいのだ

 昨年、漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなられた時の葬儀に、タモリさんが弔辞を読まれたのですが、その中で次のような言葉があったそうです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。(タモリさんの弔辞より引用)

 私たちは、「あの人のせいで」とか「あの時ああすればよかった」と後悔して生きたり、「あれが手に入れば幸せになるのに」とか「こうであればもっと良いのに」とないものねだりをして、今を生きるということを忘れています。

 人生には失敗も挫折もあります。また誰でも欠点も短所も長所もあります。しかし、どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、すべての出来事、存在をあるがままに受け入れることができた時に、人はどんな状況の中でも生きていくことができると思います。

 私たちは他と比較して、勝っていれば優越感を抱きますし、劣っていれば劣等感を抱きます。しかし、比較の世界は、優越感が一瞬にして劣等感に変わります。比較の世界に本当の安心はないと思います。本当の安心は、「これでいいのだ」と全てを受け入れることができたときに生まれると思います。

 左鐙には専業農家で生きている人が何人もいます。耕地面積の小さい山間の地で農業をすることは大変なことです。しかし、たとえどんなにきつくても、たとえ収入が他と比較して少なかったとしても、自分はこの仕事を生涯のライフワークとして生きていくのだと胸を張って生きている人たちです。

 タモリさんは、弔辞の最後にこのように締めくくられました。

 
 赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。(タモリさんの弔辞より引用) 

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敗者の美学

 このブログも多い時には、一日に50人近い方々に見ていただいているようです(ココログ アクセス解析による)。嬉しい思いとがんばって書かなきゃという思いもありますが、基本的には私の仕事の余裕がある時に更新するスタンスです。

 無理して書いても楽しい文章にはなりませんし、気の向くまま書いて行こうと思っております。したがって、更新されない日も多々ありますが、ご容赦ください。

 このブログは、基本的には左鐙地区のあれこれを紹介する文章ですが、その文章の中に、私の思いを少しブレンドしております。

 今日は「敗者の美学」という題で書きます。

 基本的には、勝者は敗者より優れていると考えるのが当たり前でしょう。しかし、あえて負けることが覚悟の上で、自分の美学を貫くことは、勝者以上に美しいと私は思っています。

 全国的な知名度はどうかは分かりませんが、私が歴史上で最も好きな武将は、関ヶ原の合戦で敗れて自害した大谷吉継です。

 この大谷吉継は、豊臣秀吉から「一度、百万の軍勢を預けて自由に指揮させてみたい」と言われたほどの武将であり、官僚としての能力も抜群であり、太閤検地を仕切ったり、兵糧奉行を務めるなど、とても文武を備えた優れた武将でした。

 しかし、ハンセン病を患いました。ある時、秀吉主催のお茶会の時に、吉継が飲んだ茶碗を回して飲む時に、吉継が飲んだ後は、皆お茶を飲んだふりをして口につけなかったそうです。その時の屈辱感は計り知れないほどでした。しかし、石田三成ただ一人、平然として口をつけて茶を飲んだそうです。

 この時、吉継はいつか三成のために命を捧げようと思ったようです。

 聡明な吉継は、徳川家康が次の天下を取ることは分かっており、家康に味方するつもりで城を出ました。そして、途中で石田三成の居城に立ち寄った時に、三成から家康討伐の話を聞きました。吉継は、家康に刃向かうことの愚を三日三晩説きましたが、三成が聞き入れないため、終に命をささげることを決意しました。

 そして、吉継としては勝ち目のないと思われる関ヶ原の合戦で、三成方の西軍に布陣しました。西軍に布陣している吉継を見た徳川家康は驚いたようです。

 優れた軍師であった吉継は、その時には体が不自由であったと言われるが、輿に乗って自軍を指揮し、東軍の藤堂・京極隊と戦い、あらかじめ小早川秀秋の裏切りを予想して600名の兵を割いて、小早川に備えたそうです。

 案の定、裏切った小早川秀秋隊の1万5000名の攻撃を、600名の軍勢で3度にわたって押し返したほどの実力を見せました。

 しかし、小早川の裏切りを見て、寝返った脇坂・赤座・小川・朽木隊から側面攻撃を受けて全滅しました。

 大谷吉継は、勝つあてのない戦で、石田三成との友情を取り、潔く散って行った姿は、自分の保身のみを考える武将が多かった中で、輝くようでした。

 堀江貴文さんがかつて「稼ぐが勝ち」と言われました。しかし、本当にそうでしょうか。稼いで買ったたくさんの物を持っていたり、高級な食事をすることが本当に幸せでしょうか。これを買って一生涯幸せだというものがあるでしょうか。

 あるセレブの婦人は、高級車に乗ってエステに来た時、腕のリストカットの跡を見た店員さんに「心が休まるのはここだけです」と言われたそうです。高級な車も宝石も食事も本当に心満たすものではなかったようです。

 左鐙には、安定した就職の誘いを断り、家業の農業を継いだ若者がいます。

 彼は自分の仕事に誇りを持って輝いて生きています。

 損か得かよりも自分が輝くことができるかどうかが大切なことだと思います。 

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グラントワとグランドゴルフツアー

 去る3月9日、補助事業として、左鐙公民館の高齢者学級で、島根県芸術文化センター「グラントワ」に21名が見学に行きました。大ホール、小ホールを舞台から説明を受けながら見学し、美術館見学などを行いました。

 この西日本でも有数の音楽ホールであるグラントワができたおかげで、この地域の人々は、日本でもトップレベルのアーチストの音楽等に触れることができるようになりました。

 中島美嘉やゴスペラーズのコンサートはあったいう間に満席になり、映画「おくりびと」に至っては、販売に人々の行列ができて2回上映予定を2回増やして、中ホールの400席の4上映で合計1,600枚のチケットがあっという間に完売したそうです。

 ホール見学は、普段客席から見る風景の反対の舞台から客席を見渡せ、また違った風景で楽しい見学でした。

 その後、益田駅ビルEAGA2階の日本料理「亀地」でバイキングをいただき、島根県立万葉公園で、グランドゴルフに汗して帰路につきました。

 皆さんは、とても楽しかったようでした。

 デジカメを持参していたのですが、各種支払いや撮影禁止の場所もあり、皆さんと話をしたり、グランドゴルフをやったりして、一枚も写真が撮れませんでした(途中でカメラの存在を忘れていました)。

 今は、子どもの運動会や発表会でも、カメラのファインダーをのぞくことが多くなっています。私もよくファインダーで子どもを追うことに夢中で、生の子どもの姿を見ることがないことも多々あります。

 先日お聞きした話の中で「撮影や録音はテープに取ってあると思って、心に残らないことが多いのです」ということも聞いたことです。

 テープやDVDなどの記録媒体に残すことも大切なのでしょうが、子どもの成長をしっかりと心に刻むことの大切さを思うことです。  

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責任を持つということ

 戦艦大和五代目艦長 有賀幸作大佐は、戦艦大和沈没時の艦長でした。有賀大佐は、大和艦長就任を喜び、長男に「大和艦長拝命す。死に場所を得て男子の本懐これに勝るものはなし」と言われたとそうです。

 大和が敵機の攻撃を受けて沈没する際には、羅針儀をぐっと握ったまま(または羅針儀に体をくくりつけてのお話もあります)艦と一緒に沈んでいったと伝えられています。

 当地からもたくさんの人が大和と共に帰らぬ人となっておられます。

 この有賀大佐から学ぶことは、トップに立つ人の責任の取り方を教えているように思います。

 現代、第3セクターなどが相次いで膨大な債務を抱え破綻するケースが多いのは、責任の所在があいまいであるからであるようにも思います。

 民間企業ならば、社長が借金をして経営し、万が一破たんすれば、その責任は社長が全て取るのが一般的な常識です(一部にそうでない場合もあるようですが)。

 第3セクターが相次いで破綻する原因の一つは、その原資が自らが汗水たらして自己責任で工面して作ったものでなく、住民の税金であり、自分の懐は全く痛まないからかもしれません。

 有賀艦長のように、国民からお預かりした戦艦が沈む時には、自分も一緒に沈むというほどの覚悟を決めて、物事を行うならば、下で働く人の意識も、周りの人々の意識も全く違ったものになると思います。

 当地のような中山間地で過疎地である地域で経営を行うのは並大抵のことではありません。しかし、だからこそ経営者は、知恵を絞り、汗をかき、そのデメリットを克服しているのだと思います。

 左鐙地区内の横道に住む冨田 智さんは、耕地の狭い山村の農業経営を支えるために、高所にある横道福谷の地理的なデメリットをメリットに変え、東北で見てきた「こごみ」を栽培して、今ではわさびと共に冬の代表的な農作物として、九州などに出荷して農業経営を支えておられます。

 デメリットを嘆くよりも、工夫してデメリットをメリットに変えていく、こんな発想が一番大切なのでしょう。 

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持つべきものは…

 昨日の朝日新聞の天声人語に面白いことが書いてありました。

 大劇作家シェークスピアはさすがに人間通らしく、喜劇『十二夜』の道化役に「持つべきは敵」と語らせている。<だってさ、友だちはおれをほめあげてばかにするが、敵は正直にばかだと言ってくれるんでね>。続くせりふが、またいい。<つまり敵によっておのれを知り、友だちによっておのれを欺くってわけだ> (朝日新聞天声人語2009年2月23日より引用)

 私たちは、自分の都合の良いことや心地良いことを言ってくれる人を周りに置きたがります。しかし、そのように自分の意見に何でも賛成したり、耳に心地よいことばかり言う人ばかりを周りに置いていると、人は自分自身のことを本当の意味で振り返り、知ることはできないのかもしれません。

 度重なる逮捕で収監され、芸能界から追放されている田代まさしに、ラッツ&スターのリーダであり、旧友の鈴木雅之は、次にように語ったとブログに書いてありました。

 俺がラッツの30周年はどう考えているのか尋ねると「お前に30周年があるから頑張ってくれと言ってやりたいが現実問題難しいよ」とリーダーは言った。俺にとってシャネルズ・ラッツ&スターは宝物なんだよ。と言うと「俺にとっても宝物だよ!だから今の俺達があるんじゃないか。お前がこれから真面目にやってその宝物磨いて俺達の前に出してきてくれたら俺も宝物お前の前に出すよ」と最後にこんな厳しい事を言ってくれるヤツらがお前の事を本当に心配してくれている人間だからな」と彼は言い放った。 (田代まさしブログより一部引用させていただきました。全文はhttp://tashiromasashi.seesaa.net/

 本当の友は、厳しさを持っていると思います。

 思議なことに、むかし天敵だったような人と戦友のような付き合いになることもあります。

 先日、町内のある方は、「敵は味方なんだ」と言っておられました。

 「自分には責任はない」と言って部下や他の責任にしたり、自分の方針に反対したり、意見したりする人を遠ざけようとする社長が経営する会社は、やはり下降していくのでしょう。反対意見にこそ聞くべきものがあると思います。

 誰からも良く思われようとばかり考える人や、上司や他の人の顔色ばかりを見て言葉を話す人は、結局、誰からも本当の意味で信頼されることはないのかもしれません。 

 さぶみには、相手の顔色を見て話すのではなく、歯に衣を着せずにお互いに自分の信念を話せる人がたくさんいます。

 たとえ意見が違っても、たとえケンカになったとしても、「自分はこう思う」と自分の信念を言えることが、本当の友だちであり、一番大事なことなのではないかと思っています。  

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都市と田舎の葬儀

 先日、叔父の葬儀があり、ある大都市の中心部の葬儀場で行いました。

 遺族が葬儀のことなどが分からないので、業者との交渉から行いました。

 友人知人も多く、多くの参列者が予想されましたので、ある程度の葬儀にする必要もありましたが、合計の計算を行うとびっくりしました。

 都会ではこんなに葬儀にお金がかかるのかとしばしあぜんとしました(都会では当然なのかもしれませんが…)。

 都市部では、お金がなくては死ぬこともできないのかと思わせられたことでした。

 葬儀費用は、田舎の3~5倍は十分にかかるなと思いました。

 今、東京の都心などでは、火葬場へ直行して告別式だけ行うやり方も増えているようです。

 しかし、一人の人生の最後のお別れをする通夜・葬儀はとても大切だと思いますし、弔う(とむらう)ということができるのは、すべての動物の中で人間だけだそうです。

 当さぶみ地区では、一の谷地区や、元郷の小川えきでは、集落で祭壇を持っており、組み立てまで自分で行います。そして葬儀の料理(おとき)も自分たちで作るので、葬儀にかかる費用はとても負担が少なくて済みます。

 こんなところも、お金のあるなしに関わらず、誰でも葬儀が行える相互扶助の精神が息づいていると思います。

 生活自体にもあまりお金はいりませんし、葬儀にもお金はあまりかかりません。

 困っている人を人を見たら、誰かが助けてくれます。

 定年退職したら田舎に帰るのが、一番良い方法かもしれません。 

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