昭和38年豪雪
この写真は昭和38年(1963年)の豪雪において、牛首という所へ救援物資を消防団が搬送したときの写真です。当時2m~3mの雪がつもったそうです。(若かりしうちの親父もいます。)
『左鐙誌』にはその時の様子を時間をおって克明に書かれています。対策本部、飛行機での救援物資の投下、小学生の民泊、除雪の様子、雪崩・・・。地区民総出で対策にあたってます。当時の大変さが伝わります。
今日、実は小学校のスキー教室でPTAも一緒に参加しました。行きのバスの中、当時小学生だった京村牧場(山の上)のマー坊さんは、家からの山道を親父さんが炭俵をひっぱって、道をつくっていく後ろを歩いて通っとったといってました。
ほんとに昔の人はたくましい。
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コメント
懐かしい写真が有りましたね.私が11歳の頃です. 私の知っている人達も写っています.中央辺りに写っている人.益成のおじさんかな?この時は本当に大変だったみたいです.小学校の校庭に古タイヤを燃やし飛行機に合図をしたり.雪に埋まった物資を回収したり.それは村総出で作業してました。又懐かしい写真でもありましたら載せて下さい。
投稿: 11才の頃 | 2008年2月19日 (火) 11時07分
こんばんわ。コメントありがとうございます。たしかに中央に写ってるのは益成のおじさんです。その他、平野さん、藤井さん、大谷さん、吉松さんなどです。タイヤを焼くなどのエピソード、等今では考えられないくらい大変だったんでしょうね。今、昔の左鐙の写真のデジタル化作業をしてまして、また少しずつ載せていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。
投稿: | 2008年2月19日 (火) 22時48分