限界集落ということ
先日、左鐙公民館で、熊本大学文学部の徳野貞雄先生の公開講演会を開催いたしました。
当日は、地元の農業関係者や地区住民など50名のご参加をいただき、先生も2時間45分にもわたる時間を休憩もとられずに熱弁をふるっていただきました。仕事と孫の世話をしなければならない2人の人以外は、誰一人席を立つことなく、お話しに聞き入っていました。
徳野先生の講演は、一般論やデータで話をされるのではなく、実際に自分で歩いて見聞された事実を話されるので、初めて左鐙に来られたのですが、以前から左鐙のことを十分に知ってお話しされているように感じたことでした。
特に先生が「行政の電算機がはじき出した画一的な統計だけで、限界集落と勝手に名付け、将来消滅するかもしれない負のイメージを植え付けた罪は大きい。下手をすると将来に向けた集落維持や再生への気持ちをそぎかねない。そして何より訴えたいのは、限界集落の多くは消滅しないことである。現に三十年前から「十年後には消滅する」と言われ続けながらも、現在も存続している集落も多い」と言われる言葉には、とても勇気づけられた。
先日、わさび農家を営む若者に「家や人が少なくなったらどうする?」と聞いたら、「鮎をとるライバルも減るし、別にかまわない」と言っていました。
将来のことをどうこう考えるよりも、今を精一杯に生きることの大切さを感じます。
これからの時代の食糧難や食の安全性、エネルギーの枯渇を考えた時には、田舎のほうがこれから注目されるような気もしています。
鎌田 實先生の『なげださない』(集英社)の中で、末期がんに侵されたジャズシンガー石野見幸さんが、父親の「お前が死ぬときは、おれも一緒に逝ったる。お父ちゃんと一緒なら怖ないやろ。だから安心せい。よけいな心配せんで、安心して、どーんと生きろっ」という言葉によって、最後まで投げださずに人生を精一杯生きた姿が感動をもって語られています。
誰も明日も分からない身を生きているから、仮性未来を想像して悲観するよりも、今日を精一杯生きることに満足を感じて生きていきたいと感じさせられたことでした。精一杯生きれば、必ず未来も変わってくると思います。
農山村に住む方は、ご縁があれば徳野貞雄先生の『農村の幸せ、都会の幸せ』NHK出版(新書)をぜひ読んでみてください。農山村に生きるということに希望と元気がわいてくると思います。
私は、徳野先生の講演をお聞きし、先生とお話しして、とても元気が出てきました。徳野先生ありがとうございました。
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