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堪忍すること

 「一寸先は闇」ということわざがあるように、人の人生の一寸先は、時に予想すらできないようなことが起こります。

 昔は、親等から「堪忍して生きなさいよ」と常々言われたものでした。意味は、言葉の通りに「堪え忍ぶこと」と広辞苑にも書いてあります。

 天皇皇后両陛下がご成婚五十年を迎えられたことに関して、朝日新聞の「天声人語」にこのような言葉が書かれていました。

 新美南吉の童話に「でんでんむしのかなしみ」がある。背中の殻に悲しみが詰まっているのに気付いた一匹が、もう生きていられぬと友達に相談する。ところが、みんなの殻も悲しみでいっぱいだった。

 98年、インドであった国際児童図書評議会でのビデオ講演で、皇后さまがこの本に触れた。「自分だけではないのだ。私は、私の悲しみをこらえていかなければならない。この話は、このでんでん虫が、もうなげくのをやめたところで終わっています」

 民間出身の初のお妃として、言葉に余るご苦労もあったろう。静かな笑みの下の悲しみは殻に納め、あるいは陛下と分かち合って歩んでこられた。「よく耐えてくれたと思います」という夫君の感慨が、50年の起伏を物語る。

 他の人の悲しみを感ずることができることがとても大切だと思うことです。 

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