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昭和38年豪雪

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この写真は昭和38年(1963年)の豪雪において、牛首という所へ救援物資を消防団が搬送したときの写真です。当時2m~3mの雪がつもったそうです。(若かりしうちの親父もいます。)

『左鐙誌』にはその時の様子を時間をおって克明に書かれています。対策本部、飛行機での救援物資の投下、小学生の民泊、除雪の様子、雪崩・・・。地区民総出で対策にあたってます。当時の大変さが伝わります。

今日、実は小学校のスキー教室でPTAも一緒に参加しました。行きのバスの中、当時小学生だった京村牧場(山の上)のマー坊さんは、家からの山道を親父さんが炭俵をひっぱって、道をつくっていく後ろを歩いて通っとったといってました。

ほんとに昔の人はたくましい。

十九原

『横道の福谷の下に十九原というところがありますが、ここへは夜若い女が出て

去年も十九

今年も十九

といって踊りをおどるといっていました。』 

【大庭良美著「日原風土記」より】

国道187号から県道匹見左鐙線を5キロぐらい山へ入ったところに十九原はある。横道、福谷の集落と下横道集落の間くらいで、そこは割りと開けている。

なぜ、踊る若い女が出るのか、この日原風土記にも載ってなく、いろいろと年配の人に聞いてみたがわかん。でも子供の頃はその話を知っていて、ここを通るのがやはりこわかったといっていた。

実は、左鐙地区の隣の須川地区にも同じようないわれがある。

『むかし、若い女が、糸をつむいで帰りに殺された。女は十九でありました。それから夜人がここをとおると、

去年も十九、今年も十九 ぶううん ぶううん

と歌を歌って糸車をまわす音が聞こえました。』

【大庭良美著「日原風土記」より】

こちらは同じ十九で糸を紡いでいるらしい。

私が勝手に思うに、これは昔版の『口裂け女』的な社会現象ではないだろうか。やれ、あそこで見た、ここで見た、口裂け女はにんにくがきらい、いや、100mを8秒で走る・・・などいろんなところで目撃証言がでて、その地域、地域でその特徴があらわれた。

『十九女』をみた、うちは踊っとるらしい、うちは糸を紡いどるらしい・・・調べれば他の地区でも十九女のいわれがあるんじゃないかのうと思える。

実は、今も夜な夜な聞こえてくる。

しかも、小学校の体育館から。

おそるおそる中をのぞくと、

そこには決して若くない女たちが、

「今年も十九、去年も十九」といいながら、

ボールに踊らされとった。

見てはいけんかった・・・・・・。

昭和48年頃の十九原付近の写真/大庭良美撮影

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今の十九原の写真

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***左鐙小学校の体育館で毎週木曜日、アドリブ座がビーチバレーの練習をしています。***

安蔵寺の木仏

「安蔵寺山には昔安蔵寺というお寺がありましたが、大きな山崩が出て押し流されてしまいました。

この時、横道の安見の家の前の川を、仏さまが流れてきたので、『しょうねのあるものなら上みい流れえ』といったところ、仏さまは上みへ向いて流れ出した、それで拾い上げて祀ったということで・・・・」 

【大庭良美著/日原風土記より】 

写真:鎮蔵寺の木仏/撮影:大庭良美(昭和48年)

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仏像は4体あって、2体は安見さんのところに、もう2体は鎮蔵寺にまつってある。そのいわれのある仏さまを観にいった。

仏像は木仏で、体長は大きいので30cmぐらいである。黒くくすみ、素朴で、かわいらしい。この4人の仏さんがそろって川を上っていく姿を想像すると、ほほえましく、面白い。                                                      写真:安見の木仏

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なぜ安見と鎮蔵寺に木仏がわかれて祀ってあるのか?

たどれる系譜では」鎮蔵寺の住職村上彰さんは14代目、安見の真ちゃんは15代目だそうだ。鎮蔵寺、700年くらい前から横道にあるという。

実はこの村上家と安見家は昔、一緒に山口の岩国から横道へときたいわれている。

写真:昭和48年の安見と鎮蔵寺と横道川/撮影:大庭良美

Mukashi 

ちなみにこの村上家、昔、兄弟がおり、

『わしは寺をやる、おまえは神社をやれ』といってわかれ、

一人は横道で鎮蔵寺を、もう一人は左鐙で神社を。

それが今、左鐙で宮司をやられている村上勝丸さんの先祖らしい。

(勝丸さんのご先祖の伝説もあるがそれはまた後の機会に。)

写真:今の安見と鎮蔵寺と横道川(川上から撮影)

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木仏が流れてきた横道川を上へあがっていくと安蔵寺山へ向かう支流の芦谷川がある。

安見からはほんの1㎞ほど。それから奥へ4km。

ここは去年、かなり大きな山崩れがあった。

安蔵寺山の中腹からくずれ、林道が崩れ、堰堤の足元をあらった。芦谷川は1㎞にわたって土石がながれでて、またそれが林道をくずすという大きなものでした

写真:芦谷川

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安蔵寺はこのような山崩れで押し長され、4体の仏様はこの芦谷川をどんぶらこっことながれ、横道川へとながれてきたのである。

ほんとにしょうね(根性)のある仏さん達であった。  

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