「安蔵寺山には昔安蔵寺というお寺がありましたが、大きな山崩が出て押し流されてしまいました。
この時、横道の安見の家の前の川を、仏さまが流れてきたので、『しょうねのあるものなら上みい流れえ』といったところ、仏さまは上みへ向いて流れ出した、それで拾い上げて祀ったということで・・・・」
【大庭良美著/日原風土記より】
写真:鎮蔵寺の木仏/撮影:大庭良美(昭和48年)
仏像は4体あって、2体は安見さんのところに、もう2体は鎮蔵寺にまつってある。そのいわれのある仏さまを観にいった。
仏像は木仏で、体長は大きいので30cmぐらいである。黒くくすみ、素朴で、かわいらしい。この4人の仏さんがそろって川を上っていく姿を想像すると、ほほえましく、面白い。 写真:安見の木仏
なぜ安見と鎮蔵寺に木仏がわかれて祀ってあるのか?
たどれる系譜では」鎮蔵寺の住職村上彰さんは14代目、安見の真ちゃんは15代目だそうだ。鎮蔵寺、700年くらい前から横道にあるという。
実はこの村上家と安見家は昔、一緒に山口の岩国から横道へときたいわれている。
写真:昭和48年の安見と鎮蔵寺と横道川/撮影:大庭良美
ちなみにこの村上家、昔、兄弟がおり、
『わしは寺をやる、おまえは神社をやれ』といってわかれ、
一人は横道で鎮蔵寺を、もう一人は左鐙で神社を。
それが今、左鐙で宮司をやられている村上勝丸さんの先祖らしい。
(勝丸さんのご先祖の伝説もあるがそれはまた後の機会に。)
写真:今の安見と鎮蔵寺と横道川(川上から撮影)
木仏が流れてきた横道川を上へあがっていくと安蔵寺山へ向かう支流の芦谷川がある。
安見からはほんの1㎞ほど。それから奥へ4km。
ここは去年、かなり大きな山崩れがあった。
安蔵寺山の中腹からくずれ、林道が崩れ、堰堤の足元をあらった。芦谷川は1㎞にわたって土石がながれでて、またそれが林道をくずすという大きなものでした
写真:芦谷川
安蔵寺はこのような山崩れで押し長され、4体の仏様はこの芦谷川をどんぶらこっことながれ、横道川へとながれてきたのである。
ほんとにしょうね(根性)のある仏さん達であった。
写真:横道川(川下から)
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