堪忍すること

 「一寸先は闇」ということわざがあるように、人の人生の一寸先は、時に予想すらできないようなことが起こります。

 昔は、親等から「堪忍して生きなさいよ」と常々言われたものでした。意味は、言葉の通りに「堪え忍ぶこと」と広辞苑にも書いてあります。

 天皇皇后両陛下がご成婚五十年を迎えられたことに関して、朝日新聞の「天声人語」にこのような言葉が書かれていました。

 新美南吉の童話に「でんでんむしのかなしみ」がある。背中の殻に悲しみが詰まっているのに気付いた一匹が、もう生きていられぬと友達に相談する。ところが、みんなの殻も悲しみでいっぱいだった。

 98年、インドであった国際児童図書評議会でのビデオ講演で、皇后さまがこの本に触れた。「自分だけではないのだ。私は、私の悲しみをこらえていかなければならない。この話は、このでんでん虫が、もうなげくのをやめたところで終わっています」

 民間出身の初のお妃として、言葉に余るご苦労もあったろう。静かな笑みの下の悲しみは殻に納め、あるいは陛下と分かち合って歩んでこられた。「よく耐えてくれたと思います」という夫君の感慨が、50年の起伏を物語る。

 他の人の悲しみを感ずることができることがとても大切だと思うことです。 

| | コメント (0)

山林業

 左鐙の横道地区には、かつて営林署があり、とても栄えた地域でした。しかし、山林業の衰退とともに、人口も減っていきました。

 旧日原町は、林業で栄えた町で、昔は「一山一財産」と言われた時代もあり、「山や木を売って子どもを学校へ出した」という話も多々聞きます。

 近年は南方の熱帯雨林の木材が安価で入ってきて国産木材の値崩れを起こしました。しかし、熱帯雨林の土壌は薄く、一度伐採すると再生しにくく、地球の肺と言われる貴重な熱帯雨林を伐採することは、地球の崩壊に結びつきます。世界的に熱帯雨林の伐採を規制する動きになっているようです。

 近年、ロシア産の木材の輸入にも規制がかかっているようであり、国産の木材が再び注目されています。

 枝打ちなど整備した山は二酸化酸素の吸収量も多く、広葉樹林の山は保水力が大きく、天然のダムの役割を果たします。

 環境面からも、山林業が注目される時代だと思いますし、当地の産業再生にも寄与していくのではないかと思っています。

 今の田舎の課題の一つは、若者が働く場所の創設ではないかと思っています。

 左鐙はかつて炭の生産も盛んで、白炭で農林大臣賞を受賞した方もおられます。今も料理屋等に自作の炭を出しておられる方もあります。

 田舎が元気であることが、日本の元気につながっていくように思います。

 みんなで力を合わせて、田舎が元気になるように頑張れたらと思います。  

| | コメント (0)

一隅を照らすもの

 私の仕事が年中で一番忙しい8月で、なおかつ突然のことが多々起こったりして、のどが真っ赤になっても声を出し続けたため、扁桃腺が腫れて発熱して、点滴をして一日休みました。「職業柄、人と触れ合う機会が多いので、念のためにインフルエンザの検査をしてみましょう」と言われて検査をしてみましたが、大丈夫でした。

 皆さまも全国的に新型インフルエンザが流行していますので、うがい手洗いを励行してくださいね。

 そんなこんなで、ブログの更新がまたまた滞ってしまいましたが、HF君が映像も含めてアップしてくれていたので、助かりました。

 仕事で回っていると、帰省されている方々からも、「楽しみに読んでいますよ」という方も多く、頑張って更新しなければとは思っています。

 比叡山を開かれた最澄は、「一隅(いちぐう)を照らすもの、これすなわち国宝なり」という言葉を述べておられます。

 これは、自分の置かれた一隅を照らす者こそ、国の宝であるという意味だと思います。

 代々伝えられてきた田畑やワサビ棚を守る、伝統芸能の神楽を守る、何百年も人々の心の支えとなってきたものを守る、それぞれがそれぞれの持ち場で自分の役割を尽くしていくことが一番大切なのかもしれません。

 仕事の道すがら、早朝に神社の太鼓を叩いて帰られる宮司さんの姿を見たり、一生懸命に畑を耕すお年寄りの姿を見たり、今日の夕食を買いに来られるお客さんのために、一生懸命に魚をさばかれている姿等を見ていました。

 たとえ地味であっても、目立たなくても、メディアに取り上げられなくても、自分の与えられた場所で、こつこつと自分の役割を尽くしていくことの中に、国の宝という意味があるのだと思っています。

| | コメント (0)

皆既日食・部分日食

 中国地方では、昨日の大雨で、防府市では死者も出るほどの災害が出ました。罹災されました方に、衷心よりお見舞い申し上げます。

 さて、今日は全国的に曇天で、46年ぶりの皆既日食(津和野町は部分日食です)が見られるか心配されましたが、ここ津和野町の日原天文台では、平日にもかかわらず、100名を超える多くの方々が来られました。

 今日は全体的に曇天でしたが、ちょうど日食が始まる頃からは、天気にも恵まれ、日原天文台の大型の望遠鏡や日食グラスで、部分日食を見ました。

 下の子どもは「太陽がお月さまになった」と言っていました。

 これが子どもが撮影した映像です。

 Cimg0395

 

| | コメント (0)

日原天文台

 日本環境協会が平成20年度に主催した夏期全国星空継続観察の結果、日原天文台と福井県自然保護センターが24.4等で本州では一番光害が少なく、全国でも二番目に光害が少なかったそうです。ちなみに全国での1位は沖縄県波照間島(24.5等)だったそうです。これはうれしいニュースです。

 私の住む左鐙の畳は、周辺に明かりがとても少ないため(それだけ暗いのですが…)、天文台よりももっと星がよく見えます。天の川も良く見えます。まるで宝石を散りばめたような夜空です。しかし、天文台もとても星がよく見えることには変わりありません。

 悪石島等では皆既日食がみられる7月22日には、日原天文台では部分日食が見られます。観測会を行うそうなので、どうぞ皆様お越しください。天文台の斎藤さんが日食について色々なことを教えていただくと思います。

  はじまり 9時40分 最大食 10時58分 おわり 12時19分

 日食の観測には、専用の日食グラスを使わなければ、目に障害を受ける可能性もあるとのことなので、ご注意ください。

 この天文台の横に、ペンション北斗星があります。ここのご主人は、子どもの通う高校や中学校の陸上のコーチもされており、自慢の料理は、左鐙の京村牧場の黒毛和牛や左鐙のわさび、天然鮎を使われます。手作りのベーコンもあるそうです。

 妻がペンション北斗星の料理のファンで、友だち親子や上の子どもと、卒業や入学などのお祝いの食事に、ペンション北斗星に出かけています。

 津和野の町中には、イタリア料理のポンムスフレがあり、シェフの赤松さんは周辺の学校で味覚の授業(食育)を行っておられます。赤松さんは、2006年に島根県で初めて味覚の授業の指導者の資格を取得されました。地元の食材を使ったイタリア料理は、とても好評です。私も親戚が来た時などには、洋食の場合にはポンムスフレさんに案内します。

 剣道もかつて長石剣道大会で優勝された腕前を持っておられる凄腕の料理人です。

 仕事で全国各地で料理をいただく機会もあるのですが、津和野町内の料理屋さんは全体的に美味しいと思います。山の幸、海の幸、川の幸に恵まれ、料理人の方々も不断の努力をされているのだろうと思います。

 左鐙には料理店はありませんが、鮎、ツガニ、わさび、原木しいたけ、こごみ、タラの芽、行者ニンニク等、山の幸、川の幸がとても豊富なところで、日々、美味しい食材に恵まれています。  

| | コメント (0)

高津川の鮎

 先日、津和野町日原の美加登家で食事をする機会があり、若おかみさんとお話をしていました。

 『ミシュラン東京2009ガイド』が発行されて、その分野で特に美味しい料理を意味する一つ星に選ばれてから、県外からの予約が増えているそうです。

 美加登家さんには、旧来、県外から多くのお客様が来られますが、やはり二年連続清流日本一になり、ミシュランガイドでも東京新橋店「鮎正」が一つ星を受賞したことが大きいのかもしれません。

 ますます高津川の鮎が全国的に注目されていくような気がします。

 ちなみに美加登家さんの鮎の多くは左鐙地区で獲れた鮎です。

 また、先日は、東京から来客があったので、津和野の旅館「原田屋」で、鮎と「あゆかけゴリ(鮎を食べて育つゴリで、とても美味です)」を中心として料理を作っていただきました。

 原田屋は、津和野の鯉の泳ぐ殿町のすぐそばにある小さな旅館ですが、御主人の島田さんが作る料理がとても美味しく、プライベートなお客様をよくお連れします。

 また、高津川の側の日原地区には、他にも鮎料理を作る店が多く、料理店 若松屋さんの料理は評判がとても良いです。長期滞在者などは、泊まりながら鮎やツガニ料理をいただく「ふたば旅館」を利用する方も多くおられます。ふたば旅館の下にあるスナック「美美」は、やさしいみえちゃんが迎えてくれます(リーズナブルです)。

 津和野町に日本一(自称)の鮎を食べにぜひお越しください。

 津和野町内には、温泉まで畳敷きで、おかみさんもとても親切な「津和野観光ホテルわたや」や、まだたくさんのホテル、旅館がありますので、こちらの津和野町内旅館一覧をご覧ください。書ききれなかったので、またいつか書きます。

 さぶみブログが、町内の旅館案内になりました。左鐙で獲れる鮎がとても素晴らしく美味しいことを書きたかったのが、こんな文章になりました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

左鐙小学校校庭芝生化事業

 6月13日(土)に、左鐙小学校校庭に芝を植える作業を、小学校PTAや児童、地域住民の方々がたくさんお集まりいただき、行いました。

 左鐙小学校校庭芝生化事業は、体に負担の少ない芝生を校庭に植え、子どもたちの運動時のけがのリスクの軽減や、運動時の足腰への負担を軽減するために実施することとなりました。

 この事業は、左鐙小学校PTAと左鐙公民館が企画し、左鐙公民館が指定いただきました島根県指定のモデル公民館事業の予算をいただき、実施しました。

 子どもたちのみではなく、高齢者のグランドゴルフや地区民運動会においてもケガや体への負担軽減になるように思います。

 作業の前日には、左鐙公民館主事の藤井隆一さんがトラクターで校庭を掘り起こしていただき、PTAの藤井宏さんや安見真司さんが、羽野さんからいただいた水巻き用のスプリンクラーの設置の準備をされていました。

 当日は、私は仕事が3件も入っており、なおかつ自分の担当する他の行事もあり、相当遅れて少しだけ参加させていただきました。一株だけ植えさせていただきました(申し訳ありませんでした)。

 一面、芝生が植えられ、秋の運動会には一面芝生のグランドで開催できるだろうと楽しみにしています。

 学校と地域が一体となってできることが、左鐙地域の最大の利点だと思います。 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

これでいいのだ

 昨年、漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなられた時の葬儀に、タモリさんが弔辞を読まれたのですが、その中で次のような言葉があったそうです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。(タモリさんの弔辞より引用)

 私たちは、「あの人のせいで」とか「あの時ああすればよかった」と後悔して生きたり、「あれが手に入れば幸せになるのに」とか「こうであればもっと良いのに」とないものねだりをして、今を生きるということを忘れています。

 人生には失敗も挫折もあります。また誰でも欠点も短所も長所もあります。しかし、どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、すべての出来事、存在をあるがままに受け入れることができた時に、人はどんな状況の中でも生きていくことができると思います。

 私たちは他と比較して、勝っていれば優越感を抱きますし、劣っていれば劣等感を抱きます。しかし、比較の世界は、優越感が一瞬にして劣等感に変わります。比較の世界に本当の安心はないと思います。本当の安心は、「これでいいのだ」と全てを受け入れることができたときに生まれると思います。

 左鐙には専業農家で生きている人が何人もいます。耕地面積の小さい山間の地で農業をすることは大変なことです。しかし、たとえどんなにきつくても、たとえ収入が他と比較して少なかったとしても、自分はこの仕事を生涯のライフワークとして生きていくのだと胸を張って生きている人たちです。

 タモリさんは、弔辞の最後にこのように締めくくられました。

 
 赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。(タモリさんの弔辞より引用) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

敗者の美学

 このブログも多い時には、一日に50人近い方々に見ていただいているようです(ココログ アクセス解析による)。嬉しい思いとがんばって書かなきゃという思いもありますが、基本的には私の仕事の余裕がある時に更新するスタンスです。

 無理して書いても楽しい文章にはなりませんし、気の向くまま書いて行こうと思っております。したがって、更新されない日も多々ありますが、ご容赦ください。

 このブログは、基本的には左鐙地区のあれこれを紹介する文章ですが、その文章の中に、私の思いを少しブレンドしております。

 今日は「敗者の美学」という題で書きます。

 基本的には、勝者は敗者より優れていると考えるのが当たり前でしょう。しかし、あえて負けることが覚悟の上で、自分の美学を貫くことは、勝者以上に美しいと私は思っています。

 全国的な知名度はどうかは分かりませんが、私が歴史上で最も好きな武将は、関ヶ原の合戦で敗れて自害した大谷吉継です。

 この大谷吉継は、豊臣秀吉から「一度、百万の軍勢を預けて自由に指揮させてみたい」と言われたほどの武将であり、官僚としての能力も抜群であり、太閤検地を仕切ったり、兵糧奉行を務めるなど、とても文武を備えた優れた武将でした。

 しかし、ハンセン病を患いました。ある時、秀吉主催のお茶会の時に、吉継が飲んだ茶碗を回して飲む時に、吉継が飲んだ後は、皆お茶を飲んだふりをして口につけなかったそうです。その時の屈辱感は計り知れないほどでした。しかし、石田三成ただ一人、平然として口をつけて茶を飲んだそうです。

 この時、吉継はいつか三成のために命を捧げようと思ったようです。

 聡明な吉継は、徳川家康が次の天下を取ることは分かっており、家康に味方するつもりで城を出ました。そして、途中で石田三成の居城に立ち寄った時に、三成から家康討伐の話を聞きました。吉継は、家康に刃向かうことの愚を三日三晩説きましたが、三成が聞き入れないため、終に命をささげることを決意しました。

 そして、吉継としては勝ち目のないと思われる関ヶ原の合戦で、三成方の西軍に布陣しました。西軍に布陣している吉継を見た徳川家康は驚いたようです。

 優れた軍師であった吉継は、その時には体が不自由であったと言われるが、輿に乗って自軍を指揮し、東軍の藤堂・京極隊と戦い、あらかじめ小早川秀秋の裏切りを予想して600名の兵を割いて、小早川に備えたそうです。

 案の定、裏切った小早川秀秋隊の1万5000名の攻撃を、600名の軍勢で3度にわたって押し返したほどの実力を見せました。

 しかし、小早川の裏切りを見て、寝返った脇坂・赤座・小川・朽木隊から側面攻撃を受けて全滅しました。

 大谷吉継は、勝つあてのない戦で、石田三成との友情を取り、潔く散って行った姿は、自分の保身のみを考える武将が多かった中で、輝くようでした。

 堀江貴文さんがかつて「稼ぐが勝ち」と言われました。しかし、本当にそうでしょうか。稼いで買ったたくさんの物を持っていたり、高級な食事をすることが本当に幸せでしょうか。これを買って一生涯幸せだというものがあるでしょうか。

 あるセレブの婦人は、高級車に乗ってエステに来た時、腕のリストカットの跡を見た店員さんに「心が休まるのはここだけです」と言われたそうです。高級な車も宝石も食事も本当に心満たすものではなかったようです。

 左鐙には、安定した就職の誘いを断り、家業の農業を継いだ若者がいます。

 彼は自分の仕事に誇りを持って輝いて生きています。

 損か得かよりも自分が輝くことができるかどうかが大切なことだと思います。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グラントワとグランドゴルフツアー

 去る3月9日、補助事業として、左鐙公民館の高齢者学級で、島根県芸術文化センター「グラントワ」に21名が見学に行きました。大ホール、小ホールを舞台から説明を受けながら見学し、美術館見学などを行いました。

 この西日本でも有数の音楽ホールであるグラントワができたおかげで、この地域の人々は、日本でもトップレベルのアーチストの音楽等に触れることができるようになりました。

 中島美嘉やゴスペラーズのコンサートはあったいう間に満席になり、映画「おくりびと」に至っては、販売に人々の行列ができて2回上映予定を2回増やして、中ホールの400席の4上映で合計1,600枚のチケットがあっという間に完売したそうです。

 ホール見学は、普段客席から見る風景の反対の舞台から客席を見渡せ、また違った風景で楽しい見学でした。

 その後、益田駅ビルEAGA2階の日本料理「亀地」でバイキングをいただき、島根県立万葉公園で、グランドゴルフに汗して帰路につきました。

 皆さんは、とても楽しかったようでした。

 デジカメを持参していたのですが、各種支払いや撮影禁止の場所もあり、皆さんと話をしたり、グランドゴルフをやったりして、一枚も写真が撮れませんでした(途中でカメラの存在を忘れていました)。

 今は、子どもの運動会や発表会でも、カメラのファインダーをのぞくことが多くなっています。私もよくファインダーで子どもを追うことに夢中で、生の子どもの姿を見ることがないことも多々あります。

 先日お聞きした話の中で「撮影や録音はテープに取ってあると思って、心に残らないことが多いのです」ということも聞いたことです。

 テープやDVDなどの記録媒体に残すことも大切なのでしょうが、子どもの成長をしっかりと心に刻むことの大切さを思うことです。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

責任を持つということ

 戦艦大和五代目艦長 有賀幸作大佐は、戦艦大和沈没時の艦長でした。有賀大佐は、大和艦長就任を喜び、長男に「大和艦長拝命す。死に場所を得て男子の本懐これに勝るものはなし」と言われたとそうです。

 大和が敵機の攻撃を受けて沈没する際には、羅針儀をぐっと握ったまま(または羅針儀に体をくくりつけてのお話もあります)艦と一緒に沈んでいったと伝えられています。

 当地からもたくさんの人が大和と共に帰らぬ人となっておられます。

 この有賀大佐から学ぶことは、トップに立つ人の責任の取り方を教えているように思います。

 現代、第3セクターなどが相次いで膨大な債務を抱え破綻するケースが多いのは、責任の所在があいまいであるからであるようにも思います。

 民間企業ならば、社長が借金をして経営し、万が一破たんすれば、その責任は社長が全て取るのが一般的な常識です(一部にそうでない場合もあるようですが)。

 第3セクターが相次いで破綻する原因の一つは、その原資が自らが汗水たらして自己責任で工面して作ったものでなく、住民の税金であり、自分の懐は全く痛まないからかもしれません。

 有賀艦長のように、国民からお預かりした戦艦が沈む時には、自分も一緒に沈むというほどの覚悟を決めて、物事を行うならば、下で働く人の意識も、周りの人々の意識も全く違ったものになると思います。

 当地のような中山間地で過疎地である地域で経営を行うのは並大抵のことではありません。しかし、だからこそ経営者は、知恵を絞り、汗をかき、そのデメリットを克服しているのだと思います。

 左鐙地区内の横道に住む冨田 智さんは、耕地の狭い山村の農業経営を支えるために、高所にある横道福谷の地理的なデメリットをメリットに変え、東北で見てきた「こごみ」を栽培して、今ではわさびと共に冬の代表的な農作物として、九州などに出荷して農業経営を支えておられます。

 デメリットを嘆くよりも、工夫してデメリットをメリットに変えていく、こんな発想が一番大切なのでしょう。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都市と田舎の葬儀

 先日、叔父の葬儀があり、ある大都市の中心部の葬儀場で行いました。

 遺族が葬儀のことなどが分からないので、業者との交渉から行いました。

 友人知人も多く、多くの参列者が予想されましたので、ある程度の葬儀にする必要もありましたが、合計の計算を行うとびっくりしました。

 都会ではこんなに葬儀にお金がかかるのかとしばしあぜんとしました(都会では当然なのかもしれませんが…)。

 都市部では、お金がなくては死ぬこともできないのかと思わせられたことでした。

 葬儀費用は、田舎の3~5倍は十分にかかるなと思いました。

 今、東京の都心などでは、火葬場へ直行して告別式だけ行うやり方も増えているようです。

 しかし、一人の人生の最後のお別れをする通夜・葬儀はとても大切だと思いますし、弔う(とむらう)ということができるのは、すべての動物の中で人間だけだそうです。

 当さぶみ地区では、一の谷地区や、元郷の小川えきでは、集落で祭壇を持っており、組み立てまで自分で行います。そして葬儀の料理(おとき)も自分たちで作るので、葬儀にかかる費用はとても負担が少なくて済みます。

 こんなところも、お金のあるなしに関わらず、誰でも葬儀が行える相互扶助の精神が息づいていると思います。

 生活自体にもあまりお金はいりませんし、葬儀にもお金はあまりかかりません。

 困っている人を人を見たら、誰かが助けてくれます。

 定年退職したら田舎に帰るのが、一番良い方法かもしれません。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

礼に始まり礼に終わる

 昨年11月頃から子供が剣道を始めました。昨日も1名増えて、賑やかになってきました。

 剣道は「道」が付くように、単なるスポーツではなく、礼儀と精神鍛練を学ぶことが大切なことです。

 最初は正座をして頭を下げ、「よろしくお願いいたします」を言う言葉から始まります。

 そして最後は、やはり正座をして頭を下げ、「ありがとうございました」と終わります。

 そして、真冬でも裸足で行います。

 毎週水曜日と金曜日の夜7時半からの練習は、付き添いの親も正座して見学します。これも修行です。

 草田先生と山里先生も全く無報酬にも関わらず、子どもたちをとても可愛がっていただき、精一杯に教えていただきます。

 剣道を見ながら、現代の日本が失ったものはこのことではないかと思いました。

 私の仕事でも、他の人と一緒に行った後は、頭を下げて「ご無礼いたしました」と言うことが作法となっています。

 最近、「自分は知らなかった」「自分に責任はない」という言葉をよく耳にします。どうして「自分が悪かった」「自分も悪かった」と言えないのでしょうか。

 「申し訳ありませんでした」「ありがとうございます」「失礼いたしました」「おかげさまで」そのような大切な言葉が、日本人の美徳としての礼を忘れたことで、失われてきたのではないでしょうか。

 さぶみでも、毎週土曜日の夜7時から左鐙公民館裏の弓道場で、弓道が行われています。一矢に全精神を込めて放ちます。

 子どもさんの健全な精神の育成に、弓道や剣道をされるのも良いのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

何苦楚 日々新也 (なにくそ ひびあらたなり)

 世界的な不況の影響で、製造業で働く派遣・請負労働者約40万人が今年3月までに職を失うとの報道が新聞などで伝えられています。また国際労働機関では、世界全体で最悪の場合、失業者が2億3千万人に上るとの予測もあります。

 底の見えない不況が黒雲のように世界を覆っています。

 当町内でも、厚生連の破綻や派遣業のリストラにより失業者が出てくるようです。この不況時に、希少な有資格者以外で、ある程度の年齢での再就職は厳しい困難を伴うと思います。

 しかし、希望をすてないでほしいと願っています。

 大リーグ デビルレイズで活躍する岩村明憲選手は、打撃の師匠であった中西 太打撃コーチから次の言葉を教えられ、岩村選手はこの言葉をずっと支えにして生きてきたそうです。元は名将 三原 脩監督の言葉だそうです。

 何苦楚 日々新也 (なにくそ ひびあらたなり)

 何苦楚 どんなことも苦しむことが礎(いしずえ)となる
 日々新也 どんなことがあっても、新しい日が来る

 考えてみれば、人が生きる礎となっているのは、苦難の時に、苦難を礎として頑張ったということではないでしょうか。

 失業された方も、この苦難を礎として、一生懸命に勉強して資格を取得したり、技術を身につけたり、誰にも負けないような志を持って生きるならば、一歩一歩ではあったとしても、必ずいつか未来が開けてくると思います。

 どんな仕事でも、精一杯力を尽くして生きている人のことは誰か見ているものです。

 「うさぎとかめ」のお話のように、自分は安泰な場所にいると安心している間に、「何苦礎」と生きる人に抜かされているかもしれません。

 左鐙には、自分はわさびを作って生きるのだという志を持って力強く生きている青年もいます。また、農業がやりたいと志を持って厳しい家庭環境の中でも努力して推薦を受けて農林科のある高校に進む中学生もいます。

 志のあるところには、どんな苦難も礎となるのだと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

降雪

 今年の冬は、よく雪が降ります。昨年はほとんど積雪しなかったので、2代のうちの1台は冬タイヤにしなかったのですが、今年は両方冬タイヤに変えました。

 昨冬、ほとんど雪が降らなかったので、もう地球温暖化で雪は降らなくなるかと思っていましたが、今年は予想に反して今日も降雪が続いています。

 雪が降り積もる景色はとてもきれいです。

 雪は、山にジワリジワリと浸み込み、年中通して川に豊かな水を注ぎ込みます。そして、害虫を駆除する効果もあります。冬に雪が降るということは大切なことなのです。

 今冬に雪が降る原因の一つは、世界的な不況により、地球温暖化による化石燃料の使用が減っていることも原因の一つかなと思っています。

 世界でも有数の企業であるトヨタの大幅な減収減益は、アメリカのサブプライムローンが原因ですが、自動車がどんどん進化した時代から、大きな曲がり角に来ているようにも思います。次は、地球にやさしい燃料電池車や水素燃料車などの環境車が主になってくるようにも思います。

 新聞で、不況の中で森林業に転職する人が増えているという記事を読みました。旧日原町は、営林署を中心とした木材で主たる生計を立ててきました。

 政府も一度失われると元に戻りにくい熱帯雨林の木々を伐採するのではなく、土壌のしっかりしている日本の木材を使うために、保水力を持つ森林の保護のための環境税の徴収や外国産の木材に関税をかけるなどの方法で、もう一度、国内産の木材を見直すならば、雇用や環境保護の観点からもとても良いのではないかとも思います。

 それはさておき、やはり雪の降る風景はとてもきれいです。

Dscn4079

家の中から見える風景です

Dscn4080

子どもたちはそりで遊んでいます。

Dscn4078

家の中から見える樹氷(雪かな?)です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あけましておめでとうございます…

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、今年は新春から「おめでとう」と言いにくい世情になっています。

 「派遣切り」と言われる企業の期間労働者の解雇など、明日の生活が分からない人のことを思えば、とても「おめでとう」とは言いにくい世情です。

 日本国内では、昨年春に過去最高の収益を出したと自動車会社各社が湧いていたのが嘘のように、一年もたたないうちに、派遣労働者の解雇が相次いでいます。企業を守るために致し方のない企業の理論もあるに違いありません。しかし…

 年末の朝日新聞の天声人語に、吉川栄治の「年寄りを養ったり、女房子供をいとおしんでいたり、みんながそれぞれの生活を持っているのだと思うと、見ているだけで涙が出てくる」という言葉を紹介されていました。

 そのような思いやりの心を失ったのが現代ではないでしょうか。

 「ALWAYS三丁目の夕日」がとてもヒットしたように、お金は無くても、確かな人と人のつながりや思いやりのあった昭和の時代を懐かしんでいるのでしょう。

 時代は、自然を支配し、自然をどんどん消費する中で享受する西洋的な豊かさから、自然との調和の中で「おかげさまで」と生かされていることを喜ぶ東洋的な豊かさに回帰する節目になっているのかもしれません。

 都会では、お金がなければ一日も生きていくことは難しいと思います。フリーター等の方がネットカフェで千円を払って狭い足も伸ばせないような空間で寝ている状況を報道から知ります。

 いつも思うのは、どうして故郷に帰ろうとしないのだろうと思ってしまいます。

 田舎で暮らせば、あまりお金がなくても暮らすことができます。

 実家に帰れば家賃はいりません。空家をほとんどタダ同然の格安で借りることもできますし、周りの田畑で米や野菜を作ることもできます。安心安全の食事もとることもできます。おしゃれやお金をたくさん使っての社交もあまり必要ありません。

 そして、田舎には支えあいの精神がまだ息づいています。困っている人があれば、野菜などを持って行ってあげる優しさもあります。

 お金があれば幸せになるなんてことは幻だと、みんな気付いているはずです。お金で買ったもので、一生涯幸せになれるようなものがあるでしょうか。買っては飽きて捨てるの繰り返しではないでしょうか。逆に、お通夜の晩に兄弟が遺産争いで、兄弟を刺したという事件など、お金が原因の最大の悲劇です。

 時代は、都会を目指す時代から田舎に帰る時代に向かうような気がします。

 みんな、田舎へ帰ろう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみの法事のできごと

 今日、左鐙で法事があり、お斎(とき)の途中で、故人の思い出を話していた時のことです。その何人目かに、娘さんが思い出を語られました。

 末っ子の娘さんが小学校低学年の時に父が亡くなり、学校に通う4人兄弟を母親の手一つで育てられました。

 そのような中で、

 「チリ紙一枚でも、石田さんの店で買ってあげよう」と地域の皆様が言っていただいて育てていただいたことが忘れられません

と涙ながらに話されたことでした。

 何が一番大切なことかを教えられるお話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

左鐙公民館まつり その2

 左鐙公民館まつりは、午後から演芸を行いました。

 最初に、左鐙の女性の大正琴グループ「あぶみ会」による演奏でした。初心者は若葉マークを付けて、難しい曲は手拍子をされていました。とてもきれいな演奏でした。参加ご希望者は、左鐙の伊藤さんまでご連絡ください。

 続いて、今春まで左鐙保育園に在園した園児と保育士(現 日原保育園)の3人による「ミッキーマウスマーチ」でした。とても可愛い踊りで、拍手喝采でした。踊りの中で3人がジャンプした後で、CDが音飛びしたのは、「M先生が原因だったのでは」ともっぱらの噂でした(笑)。

 次は、左鐙小学校の卒業生の日原中学校の生徒による合唱でした。「この星に生まれて」とスピッツの「空も飛べるはず」の2曲を合唱しました。この曲は、日原中学校の学習発表会で歌った歌で、試験の前にもかかわらず、集まって練習して、見事な歌声を披露してくれました。

 続いて、左鐙郵便局長の大畑さんが脚本・監督されました短編映画「左鐙パラダイス」が上映されました。この映画は、大畑さんの脚本で、左鐙の人や子供が役者になり、撮影されたものです。最初、台本を見た時には、面白さがよくわからなかったようですが、映画になると「さすが!」と手を叩きました。ぜひ町内の人々に見てもらいたいと思いますので、ケーブルテレビで上映されることを待っています。

 続いて、七日市の斉藤治美さんの津軽三味線でした。子供さんも一緒に歌われたり、素晴らしい演奏でした。

 演芸の最後は、子ども神楽が舞われました。

 その後、農産物品評会出品の野菜の即売が行われ、水津旬司さんの掛け声で、笑いの中で次々と野菜が競り落とされて行きました。やはり、野菜の即売は、水津旬司さんの独壇場で、他の人ではまだまだ追随できないと感じたことでした。

 最後に畳公民館の皆さんがつかれた餅まきが行われ、フィナーレを迎えました。

 今年の公民館まつりは、バリエーションに富んで、皆さんから「とても楽しかった」と評判をいただきました。

 スタッフのみなさん、出演者のみなさん、ご来場のみなさん、誠にありがとうございました。

 Dscn3916

 「あぶみ会」の大正琴演奏

Dscn3920

保育園児とM先生(CDの音飛びは)

Dscn3924

左鐙小学校卒業生、日原中学生による合唱

Dscn3929

斉藤治美さんの津軽三味線

Dscn3930

野菜の即売会

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

左鐙公民館まつり その1

 11月30日(日)に左鐙公民館まつりが、約150名の参加をいただき、開催いたしました。

 午前中には左鐙小学校の学習発表会が行われ、各学級の出し物や、近県音楽祭で最優秀賞を受賞した合奏、左鐙小学校に伝統的に伝わる銭太鼓などが行われました。

 合奏は、1年生から6年生までの全校生徒7人が、それぞれの楽器を演奏する姿は、素晴らしいものでした。左鐙小学校が受け継いできた伝統の素晴らしさが存分に出ていた学習発表会でした。

 引き続き、左鐙将来を考える会の主催で、左鐙地区の金婚式が行われました。当日、お越しになられた7組の金婚者の代表として、内藤義光さんの娘さんから、お父さんとお母さんへ贈られた言葉は、内藤さんご夫婦のみならず、来場者皆さんの心を感激させました。

 午前中の最後は、旧金城町長の安藤美文氏の講演でした。旧金城町長として、きんたの里をはじめとして、町長時代に行われた事業をどのように実施してきたのかという顛末を詳しくお話しいただきました。また、安藤氏は、神楽について造詣が深く、神楽の話にも花が咲き、昼休みには左鐙神楽社中のメンバーを集めて、笛の指導をされました。

 安藤氏は、事前にお忍びで左鐙神楽社中の神楽も見られたようで、素晴らしいところとここを磨けばもっと素晴らしくなるという両面を話されたようです。

 昼のバザーは、2年連続清流日本一の高津川の中でもきれいな畳地区でとれた鮎を使った鮎めしや、婦人会のすし弁当やぜんざい、アドリブ座のたこ焼きや豚汁、小学校PTAのコーヒー・ココア、杣の里の豆腐などが販売され、あっという間に売り切れたことでした。

 左鐙公民館の集会室では、地区内各地から出品された農産物や作品の数々が展示されました。東京で売れば、相当な金額が付くだろうと思われる逸品ぞろいでした。

 美味しく昼食を頂いた後は、午後から演芸発表となりました。

 その様子は次号でご紹介いたします。

Dscn3895

見事な出来の農産物の数々

Dscn3897

一の谷の大庭次雄・敏成親子のわさび

Dscn3911

内藤さんの娘さんがお父さん・おかあさんへの言葉を読まれています。

Dscn3914

安藤美文氏の講演です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

農山村と食の将来

 たまたま京都に出張へ行く列車の中で、『週刊ベースボール(11.17 2008年53号)』を読んでいたら、面白い記事がありましたので、一部をご紹介いたします。

 これは、ロッテの投手 江尻慎太郎さんが次のようなことを「時事問題」で語っておられました。

 まだ子供が小さいこともあって、ギョーザ、インゲンなどの昨今の食品偽装問題、「食の安全性」が気になりますね。わが家では無農薬野菜の宅配を頼んだりして気をつけていますが、完ぺきにするのは無理。ITベンチャーの友人がいたのですけれど「もう何も信じられない」と言って、農家へ転身していまいましたからね。食料の自給率が低い日本で生きていくには、最後の最後は自給自足でしょうか。引退後の農家への転身もありかな、とも感じている今日このごろです。

 少し前までは時代の花形だったITベンチャーや、華やかなプロ野球選手さえも、食の不安から農業への転身を考えたり、行っていることを知りました。

 今の日本の食料自給率は40パーセントを切っているそうです。しかし、今の日本の政府は、本気で農業自給率の向上に尽力しているとは言えないように思います。

 現在、多くの食料が中国から輸入されていますが、食の安全性の問題があります。しかし、その中国産の食糧さえも輸入できなくなる時代が来るのではないかと思われます。

 現在、中国の工業化により、中国は食糧輸出より食糧輸入が増えていると言われます。13億の人口を持つ中国が食糧輸入国になれば、日本は食料の確保さえままならなくなる恐れがあります。

 これから、江尻投手やITベンチャーのように農業への転身を志したり考えたりする人や、定年後の帰農のためのU・Iターンが増えていくように思います。

 私も来年から本格的に米作りを行っていこうと考えています。

 このまま農山村が衰退していく時代ではなくなるような気がします。

 農山村の未来は決して暗くないと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日原保育園児が左鐙公民館で一日遊びました

 去る11月6日(木)に日原保育園の園児(3・4・5歳児)たちが左鐙公民館に遊びに来られました。

 この事業は、左鐙公民館が、島根県のモデル公民館に選定されたことから、その事業の一つとして行っているものです。

 左鐙公民館が休園になり、子供たちの声が聞こえなくなったことから、左鐙にも時々、子供の声を復活したいという思いと、左鐙からも子供たちが通う日原保育園の園児たちに左鐙の自然の豊かさを体験していただきたいという二つの理由から、日原保育園と左鐙公民館で共同企画したものです。

 前回6月に左鐙公民館(旧 左鐙保育園併設)に遊びに来て、周囲を散策したり、神楽の太鼓を叩いたり、周囲を散策したりして遊んだりしたのが、とても楽しかったようで、また左鐙に遊びに行きたいと園児たちが言っていたそうです。そこで、第2回を企画したことです。

 左鐙公民館の周辺は、神社から小学校までのエリアが車道でないため、旧左鐙保育園の園庭で遊んだり、小学校のうさぎを見に行ったり、トランポリンやシーソー、ブランコ(日原保育園にはブランコがないため、うまく乗れない子どもさんもいるそうです)などで遊んだり、神楽の好きな男の子は、ずっと太鼓をたたいたり、舞ったりしていました。

 そして、周辺に散歩に行き、近所の藤井隆一さんの畑のさつまいもを掘らしていただいたりして、帰ってきました。そのさつまいもは、おやつにふかしてもらいました。

 昼食は、地元の婦人方によって、栗ごはんとシチューを作っていただきました。普段あまり食べない子どもも、とても美味しかったようで、次々とおかわりをして食べていました。

 楽しく遊んだ園児たちは、町バスに乗って(エアバスが超満員になりました)帰りました。

 この時の風景は、日原保育園の園児たちが絵に描いて、左鐙公民館まつりに出品していただく予定です。

 次回は、左鐙のお年寄りの方々に演芸を披露したり、お年寄りとの交流、餅つきを12月に予定しています。

Dscn3867

Dscn3868

Dscn3864

Dscn3865_2 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公民館体制

 今、津和野町では公民館体制のことが論議になっています。

 これは、公民館の体制を今後どのようにしていくかという論議です。

 しかし、公民館の論議が、常勤か非常勤かという体制のことが中心になり、公民館がどのような役割を担い、地域の中心として何を行っていくのかという議論がほとんど出て来ていないようにも感じます。

 公民館の常勤・非常勤について考えてみたいと思います。

 いつも公民館に常駐している常勤体制は、きめ細かな対応ができ、地域の人がコミュニティーの場として利用するときに、いつでも職員が対応できるということなどに常勤の有利性があります。

 しかし、逼迫した町財政の負担を軽減するためには、非常勤の館長と主事を一定日数出勤できるようにして、組み合わせて、いつも誰か一人は公民館にいるようにする方法も選択の一つかもしれません。

 また、公民館を指定管理者のようにして、各地区に運営を一任し、一定の金額を町から補助し、独自に運営する方法もあるでしょう。この方法だと、地域住民が主体となって、自分たちの発想で、それぞれが独自の面白い公民館ができるかもしれません。

 津和野町の各地区には発想豊かな人がたくさんいるので、公民館を町の運営から移行して、地区に任せるのも方法の一つだと思っています。

 何よりも大切なことは、町全体で、しっかりと議論することだと思っています。

 常勤・非常勤体制ということも大切なことですが、公民館の職員や地区住民の方々が、公民館が地域活性化の中心としての役割を担っていることをしっかりと認識して、何を行っていくかを考えることだと思っています。

 一番大切なのは職員や地域住民の意識だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今朝、海士町が朝ズバに出ていました

 今朝、子供たちの目覚ましを兼ねてテレビを見ていると、同じ島根県の沖の海士町が出ていました。

 海士町は、今、最も税金を有効に使い、都会からIターンが続々と来られる町として、全国から注目されていると、朝ズバに取り上げられていました。

 同じ島根県の町が全国放送の人気番組で、全国で最も注目されたことは驚きでした。

 北海道の夕張市の財政破綻等を見聞している私は、目を見張るような思いで、テレビに見入りました。

 海士町は合併をしないと決め、町長は50パーセントの給与削減をすると決めると、その他の議員や職員も自ら削減を申し出て、そのお金で積極的に町づくりを進めて行ったそうです。目先のお金よりも将来の町づくりにかけられました。

 給与の削減については、霞が関から色々な意見があったそうですが、町長は一喝し、削減するだけでなく、その資金を新たな町づくりに積極的に大胆に使って行ったそうです。

 海士町の素晴らしい海の幸を鮮度を落とさずに全国に届けるために最新の冷凍技術を備えた設備を導入されたり、子育て支援をされたり、町が手がけた名産「さざえカレー」は大ヒットをしているそうです。そして、東京でも大胆に海士町のPRをされています。

 Iターン者が起業する際には、全国から出資が集まり、利息に海士町の海の幸が届けられるそうです。出資者も当然のように海士町に視察に来られるでしょうし、観光と両面で大きな効果があると思います。

 この海士町の町長は、「お金がないからできない」という職員には一喝するそうです。

 そして、「よそ者、若者、バカ者」を大切にするそうです。

 自分が持たない斬新な発想を大切にする姿勢こそ、新たな可能性を生むのだと思います。

 「よそ者、若者、バカ者」と言われる人たちが頭をたたかれるのではなく、その人たちが活躍できる町こそ元気な町ではないでしょうか。

 今日の放送は、とても考えさせられたことでした。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

さぶみのお祭りがたくさんの人で賑わいました

 10月4日(土)の夜は、さぶみの夜神楽があり、翌日は秋祭りが行われ、祭典や子供神輿、餅まきなどが行われました。

 昔は、祭りの夜は親せきや友人、知人をお招きして、料理やお酒をふるまう「客祭り」が、多くの家庭で行われ、秋の夜長を楽しんできました。

 しかし、近年、生活の多忙化や高齢化等により、そのような慣習も少なくなってきたことから、地域で客祭りを行おうということになりました。

 中島町長や中村県議会議員各位のご臨席を頂き、左鐙地域の親せきや友人、知人等、料理数140、祭り参加人数約200名でにぎやかに秋の夜長を楽しみました。

 遠方は、今春まで左鐙小学校におられた橋口先生が、福岡から軽自動車で友人3人と一緒に来られて、杣の里よこみちのケビンに宿泊されました。おつかれさまでした。

 また、夏休み宿泊体験に来られた親子等もお越しいただきました。

 神楽は夜8時から始まり、深夜1時頃の「おろち」を最後に幕を閉じました。

 片付けを終えて帰って風呂に入って寝たら、深夜2時半を過ぎていました。

 左鐙神楽社中の皆様、料理や会場の準備をされたスタッフの皆様、本当におつかれさまでした。

 皆様も来年、またさぶみのおまつりにぜひお越しください。

Dscn3786

| | コメント (0) | トラックバック (0)

熊本大学 社会学教授 徳野貞雄先生公開講演会

 熊本大学地域科学科 社会学教授 徳野貞雄先生に、とてもご多忙な中を時間を割いていただき、10月11日に左鐙公民館にお越しいただけることになりました.

 徳野先生は、一般論からお話しをされるのではなく、自分の足で歩かれ見られた事実から見出されたことの中でお話しをされます.だから、聞く人を飽きさせず、惹きつけるお話しをされます.

 先生から「担い手、消費者、ムラのゆくえ」という講演題をいただきました.

 私的には、この題から色々なことが想像できますが、当日楽しみにお聞きしたいと思います.

 最近判明した汚染米や中国から輸入した食品に有害科学物質メラミンの混入があったこと等は食の安全を根底から揺るがすような出来事のように思います.メラミン入りのミルクや乳製品を飲んだ中国の乳幼児は、亡くなったり腎不全になったりしたと報道されています.これらの事件は、食の安全性が根底からくつがえされることです.

 地産地消で自分で作物を育てたり、顔の見える食品をいただくことができる農山村で生きることは、これからの時代の世界的な食糧不足、食の安全性を考える時に、クローズアップされてくるようにも思います.

 これからの農山村の担い手、消費者の動向、農山村の未来、そんなことをこの講演会で、一緒に考えて行きたいと思っています.参加無料で、どなたでもご参加いただけますので、ぜひお越しください.詳細は、「さぶみホームページ」をご覧ください.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

越田先生講演会「将来の左鐙に残したいもの」

 今日の講演会は、「将来の左鐙に残したい物はなんですか?」という越田先生のお話しから、2グループに分けて皆で出し合いました.

 皆さんから出てきた答えは、「神楽」「高津川や安蔵寺山などの自然」「鮎やツガニ」「郷土料理」「わさびの産地」「左鐙小学校」「京村牧場」「下森酒造の建造物」「左鐙の神社仏閣」「手作りのお葬式」や、「向こう三軒両隣」「人情」というのもありました.

 「自給自足の生活」というものもありました.これは将来の日本の目指すべき方向かもしれません.

 それ以外に、この地域独特の「○○のねえちゃん」「○○の兄ちゃん」「○○坊」などの呼び方を残して行きたいというものもありました.

 何を子どもや孫に残していきたいかということを考えることによって、今先祖から受け継いできたものの大切さを知ることになりました.

 講演会終了後は、越田先生と地元の食材を肴に、楽しい時間を過ごしました.先生ありがとうございました. 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休み

 忙しかった夏も終わり、夏休み最終日の昨日は、午前中に中学校の草刈りをして、帰って家の周りの草を刈り、汗びっしょりの体を流して、昼は缶ビールを飲みながら久々にゆっくりとした時間を過ごしていました.

 その後、昼寝をしていたら、しばらくして、下の子どもたちが「川へ行こう」と言って来ました.久々の好天で、温度も上がっていましたし、海と違ってクラゲもいないから浮き輪を持って歩いて目の前の川に行きました.

 数日前にまとまった雨が降ったおかげで、水はとてもきれいでした.小学生の子どもは、浮き輪を付けて泳ぎ、対岸に渡って大きな岩を歩いて流れのあるところまで行って、天然ウォータースライダーで数時間遊びました.

 子どもはお金をかけてアトラクションに連れて行くことも楽しいでしょうが、子どもと向き合って自然の中で遊んだり、絵本を読んだりすることの方が、もっと心に残るような気がしてします.

 2年連続水質日本一の高津川が目の前にあって、歩いて遊びに行くことができ、鮎やツガニなどの多くの恵みもいただくことができる場所に住めることは、とても豊かなことだと思っています.

Dscn3733

畳の天然ウォータースライダー(高津川)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

チャレンジ

 私は失敗してもチャレンジする人にとても好感を感じます.

 たとえダメかもしれないと思ってもチャレンジすることの大切さを感じています.

 人から悪く言われないような人生を歩むには、何もしないことです.これ以上のことはありません.

 しかし、人生は一回きりです.たとえ失敗しても、全力でチャレンジしたことは決して本人にとってマイナスばかりではないと思います.そこから大切なことを学ぶことができるのではないかと思っています.

 「一万分の一でも可能性があれば、全力を尽くす」という姿には、意見が違うことがあっても、とても共感を感じています.

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休みさぶみ宿泊体験最終日

 夏休みさぶみ宿泊体験最終日を迎えました.朝食は牛乳パックを使ったホットドッグ作りでした.火の加減で、ちょっとコゲたところもありましたが、とても美味しくできました.みんな美味しそうにほうばっていました.

 お腹が一杯になったところで、左鐙小学校のプールで泳いで遊ぶ班と、高津川へ釣りに行く班に分かれました.

 プールは水温もちょうど良く、とてもいい暑気払いになりました.

 釣り班は、さおを持って高津川へ行き、魚を釣ったり、カメをつかまえて遊びました.

 昼食の山賊むすびをほおばって、お腹一杯になって、再会を誓い合って分かれました.

 皆様、ご多忙の中、ようこそご参加いただき、誠にありがとうございました.参加者皆さんの笑顔が、さぶみに元気を与えていただいたと思っています.

 まゆみさん、のりちゃん、その他スタッフの皆さん、お疲れ様でした.

Dscf3412

ホットドッグ作り 沢江先生頑張って作っています!

Dscf3428

釣りに挑戦中

 Dscf3471

また会う日まで皆さんお元気で! see you next again

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休みさぶみ宿泊体験2日目

 夏休みさぶみ宿泊体験も二日目を迎えました.

 初日の夜は、子どもたちは以外にも早く寝たので、元気一杯でした.

 大人気の伊藤先生は、ラジオ体操で「TOTO便器」踊りを再度披露し、朝から全快でした.(…しかし、さすがにお疲れの様子で、ラジオ体操後はまた少し休憩されていました.伊藤先生、お疲れ様でした.ありがとうございました)

 朝は京村牧場へ移動し、牛のえさやりなどのお世話をしました.牛の優しい瞳に癒される思いでした.

 その後、杣の里に移動して、手作りで作ったそばを食べた後、目の前の横道川に入りました.横道川の水のきれいさと冷たさにビックリしながら、唇が紫になるまで遊んでいました.飲めるほどの水の中で遊びながら、清流の素晴らしさを体感していました.

 左鐙公民館に帰ってきて、今夜寝るテントを設置しました.ここから津和野町のリーダー研修会と合流です.10人の子どもたちが合流して、子どもたちは60数人になりました.

 そして、飯ごう炊飯とカレー作りを行って、夜はキャンプファイヤーでした.

 突然遠方の国道に営火長が掲げるタイマツの火がともり、営火リレーで左鐙小学校グランド中央に設置しているやぐらに点火しました.

 各班の工夫をこらした出しものに、大笑いしながら楽しく一時を過ごしました.

 各人に配られたトーチに点火され、キャンプファイヤーは最高潮に達しました.

 テントに入った子どもたちは大喜びしてさわいでいましたが、日中の疲れが出たのか、しばらくしたら静かになりました.

 みんな今日一日お疲れ様でした.

Dscf3259

京村牧場での牛のえさやり

Dscf3339

テント張り

Dscf3321

横道川での川遊び

Dscf3399

 キャンプファイヤー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休みさぶみ体験 1日目

 夏休みさぶみ宿泊体験が、昨日の8月1日より始まりました。今回は町外から23名の子供が参加して、左鐙の子供たちと合わせて総勢50名の参加者です。

 子供たちがどんどん集まってきて、左鐙公民館の集会室は一杯になりました。

 開会式の後で、高津川小学校の伊藤先生から皆で自己紹介と交流を兼ねた「TOTO便器踊り」や「猛獣狩りに行こうよ!」などの子供から大人まで楽しめるゲームをしました。

 伊藤先生のユニークな踊りや歌、ゲームに、皆大笑いして、一気に緊張が解け、うちとけました。

 その後、京村牛と左鐙の野菜を使ったバーベキューと、羽釜を使ったご飯に大満足の笑顔でした。

 その後、柿木温泉に入浴しましたが、男風呂はごった返したような賑わいでした。

 そして、本日のメイン、下森酒造を会場とした「肝だめし」でした。古い大きな倉庫で、中学生の演出する仕掛けにどっきりでしたが、後で聞くと、中学生が自分たちが仕掛けた以外の音や物の動きが一番怖かったようです。

 無事に一日が終わりました。皆様ありがとうございました。ご家族の皆様ご安心ください。

Dscf3081

大好評!伊藤先生の交流ゲーム

Dscf3142

左鐙の素材を使ったさぶみバーベキュー 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スローライフ

 先週の日曜日、久しぶりに仕事がオフだったので、子どもたちと庭に出したプールにつかって暑気払いをしていました.その時に、子どもと水浴びをしながら、山田洋次さんの『映画館(こや)がはねて』という文庫本を読んでいました.

 その中で次のような文がありました

 「寅さんの乗り物は常にバスか列車.なぜ鈍行列車にしか乗らないのか.もちろん経済的な理由が第一なのだが、しかし、仮に巨額の臨時収入があったとしても、寅は決して新幹線には乗らないだろう.寅はジェット機や新幹線のたぐいが嫌いなのである.どこが嫌いかというと、早く着いてしまうからである.しかも料金が高い.寅にとってこんなバカな話はない.不忍池のボートだって30分より1時間乗った方が高い料金をとる.おまけに座席は前向きで客同士は顔を見ない、窓が開かないから駅弁も買えなきゃ、手に手をとって別れを告げる、という情緒もない.(中略)今の日本の物質文明は、人間を孤独な殻の中に押し込めるようにのみ発展し…」

 考えてみれば、空気も美味しい、水も美味しい、目の前の川で泳げる、クワガタムシやカブト虫も庭で取れる、バーベキューも庭で誰に遠慮することもなくできる、ヒートアイランド現象とは無縁で、夕方になれば涼しくなり、エアコンがなくても過ごせる快適な環境の田舎の方が土地が比較にならないほど安いのは不思議な気がします.

 確かに、都会は周辺に色々な店があり、華やかで便利だとは思います.

 しかし、そのためには常にお金がなくてはならず、「金の切れ目が縁の切れ目」の世界だと思います.

 そして、私も京都などに出張で行くときには財布にお金がなくては不安です.

 しかし、ここでは財布を持っていなくても別に気にならない.財布を持っていなくても不安にはならないし、道行く先で人と立ち話をしながらでも、一日楽しめる.

  私は仕事の関係で、都会も田舎も知っています.

 何に価値を感じるかは、その人次第だと思います. 

 大事なことは、世間の価値観や他人の評価に振り回されず、自分が本当に何に喜びを感じるか、何をすることが一番の喜びかということを見定めることだと思っています.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遊ぶ

 今、義母が幼い時に一緒に暮らしていた叔父さんが、神奈川県から高津川に鮎釣りに来ていて、昨晩、今晩泊まられます.一週間くらい滞在しておられるけれども、「ここは本当に良いところですね」と話しておられます.

 私が住んでいる処は、高津川沿いでも屈指の景観を誇っていると自分で思っています.

 先日の日曜日も、暑かったので、子どもたちと海に泳ぎに行こうかと言っていましたが、ガソリン代も高騰し、洗濯物もたくさんあったので、目の前の川に泳ぎに行きました.

 子どもたちは、それだけで大喜びして、一日楽しみました.別に高いお金を使って遊園地まで行かなくても、ここには自然が恵んでくれる遊びに満ちあふれています.また、親が子どもと一緒に遊ぶことが子どもにとって、どんな高いおもちゃを買うよりも嬉しいみたいです.

 今夜は鮎と京村牛、いただきものの地元産のしいたけやじゃがいも、たまねぎ、トマト等の、オール地元産のバーベキュー&サラダをする予定です.

 涼しい高津川の川風に吹かれながら、眼前に青々と茂った広葉樹林と清流高津川を見下ろし、星空を眺めながら、いただくバーベキューは、全国でも屈指だと自分では思っています.

 しかし、反面、自然は恐ろしいところもあり、昨日娘が頭をすずめ蜂に刺されて、刺されたところが刺されたところなので、驚いて分遣所に電話してお聞きしたところ、救急車で来ていただき、益田赤十字病院で診ていただきました.後日、スズメバチに刺されて、意識を失った人や亡くなられた人の話しをお聞きして、無事で本当に良かったと思っています.日原分遣所と益田赤十字病院の方々に大変お世話になりました.ありがとうございました.

 マムシや蜂、ムカデなどの毒のある生き物と共生することも、自然に生きるということだと実感しています.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本当の喜び

 最近の原油高の高騰などで、交通機関の発達している都会よりも、車に頼らなければならない田舎の方がより一層打撃を受け、一層の格差拡大につながっています.

 しかし、経済の格差が幸せの格差になっているでしょうか?

 本当の喜びとは何でしょうか?

 大きな家に住むことや、高級車に乗ることや、大きなテレビを買えること、海外旅行に行ったり、貯金がたくさんあることが喜びでしょうか?

 私なりに、本当の喜びとは何かと考えると、それは自分以外の誰かのために何かをして、そのことを本当に喜んでいただいたときだと思います.

 親にとっての一番の喜びは、子どもの笑顔です.だからと言って、子どもに物を買い与えることが子どもの本当の喜びにはなりません.

 「与奪」という言葉があります.この言葉は、与えることによって奪うことを表した言葉です.

 現代は、子どもに何不自由なく買い与えて、逆に子どもの生きる力を奪っている時代とも言えるのではないでしょうか.

 あるお金持ちの子どもが、中学生の時に、「お前の望むものは何でも買い与えてきたのに、何の不満があるのだ」と言った父親の言葉に対して、「父ちゃんの背中を見ていると、全て金ばっかりやないか」と言って、父親を突き飛ばして泣きながら外に出て行ったと聞きました.

 左鐙に住む農業を専業とするある若者は、子どもの時の一番の楽しみは、父親と山の上のわさび棚に行って、周囲で遊んだり、魚を釣ったり、弁当を食べたりすることだったそうです.そのことが父親の後を継いで農業を志す原点になったと聞きます.

 たとえ貧しくても、親が子どもに対して、真の愛情を注いで育てたことが、実は子どもにとっての一番の財産であり、それが本当の喜びだと思っています.

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ブログを書くということ

 この「さぶみブログ」を書き始めて、もう一年が経過します.

 しかし、ブログを書くということはリスクを伴います.

 言葉というものは難しいもので、書き手が言いたいことと、その言葉をどう受け取るかは全く違ったものになることが多々あります.

 よく有名人のブログのコメント欄が炎上して、コメント欄を閉鎖することがあります.また、時によっては、そのブログで書いたことが元で、活動中止に追い込まれることもあります.

 それであるのに、大きなリスクを犯してまで、なぜ書くのかという疑問が生まれます.

 私はなぜこの「さぶみブログ」を書いているのかと言えば、それは読んでいただいている人がたくさんいるということに気付いたからです.

 「さぶみブログを楽しみにしています」という方の言葉を聞きますと、できるだけ応えたいと思う気持ちが起こってきます.

 人は言葉で傷つくけれども、癒されるのも言葉なのです.

 このブログで誰か一人でも癒されたり、安らいだりすることができるならば、続けて行きたいと思います.そして、田舎で生きることにも大切な意味があることを述べたいと思っています.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

失敗

 私事ですが、先日、大きな失敗をしました.どうも、どのように書いても自己弁護的になったり、誤解を受ける文章になるので、この詳細は削除いたしました.

 多分、この世の中で失敗をしたことがないという人は誰一人としていないのだと思います.「失敗は成功の元」ということわざもありますが、失敗が続くこともあります.

 しかし、その中で大切なことは、たとえ失敗したとしても、最後まで投げ出さずにやり遂げるということだと思います.駅伝などでも、最後のランナーが最下位であっても、最後まで一生懸命に走る姿には自然と拍手が起こります.

 私たちは失敗したりすると、そのことを投げ出したいと考えます.しかし、たとえ失敗したとしても投げ出すことなく、最後までやり遂げることが大切なのだと思います.

 人生も失敗や後悔がたくさんあると思います.しかし、人生においてどんなに大きな失敗をしたとても、自分に与えられた場所で、与えられた役割を丁寧に行い、人生をやり遂げることが、実は人生において一番大切で、なおかつ一番の喜びなのだと感じたことでした.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

日原保育園より御礼が届きました

 左鐙公民館と元の左鐙保育園に、先日遊びに来られた日原保育園の保育者と子どもたちからの御礼が届きました.遊びに来られた全員から楽しかった一日の様子を絵に書いていただいて、送っていただきました.

 作品は近日中に左鐙公民館の学習室に掲載します.その一部をここに掲載いたします.

 次回は、左鐙に住むお年寄りの方々との交流ができればと思っています.

Photo

064

神楽のお面をかぶって楽しかったことと、そらまめをとって食べたことが楽しかった絵

067

ともだちと神楽をしている絵

065

ともだちとブランコで遊んでいる絵

066

おともだちと公民館で遊んでいる絵

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみ保育園訪問

  6月13日(金)に左鐙保育園(左鐙公民館)へ、日原保育園の年長と年中の園児23名と保母さんたちが訪問されました.

 伊藤のおばあちゃんが子どもたちのためにと植えていただいていた「そらまめ」を収穫して、元左鐙保育園の2名の園児が先導して、途中には岡田商店に立ち寄り、もんど地蔵さんまでの約3キロの散歩をしました.

 保育園に帰ってきてからは、左鐙神楽社中の藤井さんから太鼓を出してもらって、男の子たちは喜んでたたいていました.親が神楽をしている子どもも多く、とても上手にたたいていました.女の子たちは、左鐙保育園のブランコや遊具で遊んだりして、とても楽しく一日を過ごしました.

 昼食は、そらまめと日原保育園で育てたたまねぎや、左鐙でできたじゃがいもを使った「にくじゃが」、豆ご飯、ソーメン汁などを、左鐙保育園のお世話をしていただいていた人たちが手作りで、子どもたちのために作りました.

 伊藤のおばあちゃんも子どもたちも、とても嬉しそうでした.

 日原保育園の園児は、まごころの贈り物が、忘れられない一日でした.

Dscn3564

Dscn3570

Dscn3573

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「習」ということ

 昨日、葬儀があり、若い夫婦が手伝いをされていました。

 父親が葬儀の司会をする隣で、父親の姿を見ながら、弔電を一枚づつ渡したりして手伝う息子の姿がありました。

 そして、お斎(とき)の会場で、お母さん方にまじって台所を手伝う妻の姿がありました。

 「習」という漢字は、鷲が羽を広げて白いお腹を見せて、こうやって飛ぶのだと教えている姿を表しているそうです。

 葬儀の後で、「息子たちに色々なことを教えてやってください」と頭を下げられた親の姿に、子どもを育てるということはこういうことなのだと教えられたことでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高津川鮎釣り解禁

 いよいよ、今週日曜日の6月1日(日)に、一級河川水質ランキング第1位となった高津川の鮎釣りが解禁されます.

 高津川の鮎は、話芸の神様と呼ばれた徳川夢声が「これはこれ日本一の鮎どころ」と評されています.

 また、アウトドアライターの天野礼子さんも『日本の名河川を歩く』(講談社)の中で、高津川をランキング一位にされています.

 左鐙地区は、高津川の中でも特に水質が綺麗で、美味しい鮎が獲れることで有名です.釣りが好きな人は、日本海と高津川の両方の釣りが楽しめる左鐙地区に住むとパラダイスですよ!

 皆様も、とても美味な高津川の鮎を釣りに、いただきにお越しください.

 なお、高津川の鮎は、鮎料理で有名な津和野町日原の「美加登家」等でいただけます.また、有名人も多数通う東京新橋の「鮎正」でもいただくことができます.宿泊は「ふたば旅館」などがあります.その他の情報は「津和野町観光協会」でどうぞ.

 高津川漁協 http://www.takatugawa.or.jp/ 高津川の釣り情報満載                

 Ap5200016

 高津川漁協ホームページより

| | コメント (0) | トラックバック (0)

昨夜の夕食

 昨夜の夕食は、Yさんからいただいたヤマメのてんぷら、Aさんからいただいたサザエの壷焼き、Tさんからいただいた「こごみのてんぷら」でした.

 メタボ対策のダイエット発泡酒以外は、お米も含めて、全て地元産の取れたてで、とても美味しくいただきました.

 今、急激な構造改革によって、都市と田舎の格差が広がっています.しかし、経済格差が豊かさや幸せの格差になっているでしょうか.

 どんな高価なものを買ったとしても、必ず飽きるということがあります.たくさんのものを持ちながら、不平不満を言って暗い顔をして生きている人もいます.

 反対に、少しのものしか持たなくても、感謝して心豊かに生きている人もあります.

 豊かさや幸せは、お金や物の多少によるのではないと思います.

 日本人が古来より大切に育んできた「おかげさま」「いただきます」「ごちそうさま」の心こそが豊かさだと思います.

 新鮮な海や川や山の幸をいただきながら、自分が生きているのではなく、自然や大地に支えられて生かされている豊かさを感じています.

 

 

033

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地方の疲弊は日本全体の疲弊

  今日、雁屋 哲さんの「美味しんぼ日記」http://kariyatetsu.com/nikki/245.phpを読んでいると、次のような文章があり、とても感銘したので、一部を下記に引用させていただきます(全文は上記アドレス).今、地方を守るために、地方に住む人々も立ち上がって、力を尽くしています.地方を守ることは日本全体を支えることとなると思います.地方を守るためにこんな活動をしているということを全国の皆様にお知らせできるブログ、ホームページ(http://www.sun-net.jp/~sabumi/)にして行きたいと思っております.

(雁屋哲さんブログ「美味しんぼ日記」より抜粋)

 私は、地方を回る毎に、地方がどんどん疲弊していっているのを痛感する。地方の人口が減り、なかんずく若者の数が減っていると言う事実に激しい悲しみを覚える。
 このままでは日本は、根っこを失う。日本の根っこは地方にある。
 都会に人間生活の真実はない。
 都会は地方という土壌から栄養を摂って咲く花である。地方が疲弊してしまったら、都会も疲弊する。もう、その兆候は日本中顕著に表れている。
 私は日本の文化を守りたい。私達の後の世代に伝えたい.(以上抜粋)

003

これは、家の書斎から見える景色です.

私は数億円の絵画よりも気に入っています.

水も空気も魚も野菜も、この山や大地から恵まれているのだと実感しています.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地元商店を使おう!

 昨日、左鐙公民館の打ち合わせを行った後、岡田商店に立ち寄りました.美味しい魚と柿木の田村の豆腐、てんぷら粉、カレーを買いました.

 岡田商店のおじちゃんとおばちゃんは、子どもたちをとてもかわいがっていただきます.子どもたちの集いの場、左鐙の社交場、それが岡田商店です.

 「最近、売り上げも落ちてきたし、そうそろそろ商売をやめようか」という話も聞きます.

 岡田商店がなくなると、地元から火が消えたようになるでしょう.

 歩いて行ける距離に商店があることは、高齢者を中心にどれだけの恩恵にあずかっているでしょうか.歩いていける場所に、岡田商店も下森酒店もあることは実はとてもありがたいことなのです.

 最近では益田の大型店舗が安く品物が買えると言ってまとめ買いをするけれども、地元から商店がなくなると、豆腐一つ買うのにも、高いガソリン代を払って、時間をかけて行かなくてはならなくなります.

 地域は支え合い、助け合って生きているのです.みなさん、これからも地元商店を使いましょう!

001

左鐙公民館の前から見える桜景色

桜を見ながら、良寛の句を味わう.「散る桜、残る桜も散る桜」 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日原中学校入学式

 今日は、左鐙小学校で育った3人の子どもの日原中学校の入学式でした.つっくん、そうちゃん、ちえちゃん、揃っての記念撮影です.

 そうへいは、初日からおどけて先生たちと仲良くなっていました.二日目の今日は、須川小学校から入学した小山君と、先生に末っ子の苦労話をしていたそうです.

 3人の子どもが、みんなと仲良くなれたらいいなと心から願っています.

023

| | コメント (1) | トラックバック (0)

インフルエンザ流行中

 さぶみとはあまり関係ないけれども、ついにインフルエンザにかかってしまいました.子どもから妻、これで終わったと思ったけれども、数日間のインターバルを経て、私がかかってしまいました.

 前夜1時まで自治会長宅で語りながら飲んで寝不足だったのと、翌日の26日(土)の朝からの公民館の高齢者学級と津和野での打ち合わせ等で、体が疲労のピークを向かえていました.更に夜、さぶみ子ども会主催で、左鐙小学校体育館でフットサルが行われ、汗をかいて、冷えたことが決定打だったのでしょう.

 帰って風呂に入って寒気を感じて、夜中に発熱しました.翌朝39.8℃の熱で、一番近くで診ていただけるのが、休日当番医であった柿木の栗栖医院だったので、検査していただいたら、インフルエンザA型でした.私は10代ではなかったので、タミフルを処方していただいて、おかげで、かなり早く解熱しました.

 インフルエンザにかかって高熱が出ると意識はもうろうとします.タミフルと異常行動との本当の因果関係は不明のようですが、体が活発に動く10代・20代にはリスクがあるのでしょう.どちらにしても部屋に閉じこもって寝ていることがベストだと思います.

 しかし、予定は全てキャンセルしなくてはならないなど、公私共に大変痛手でした.ご迷惑をおかけするけれども、うつしてしまったらなお一層ご迷惑をおかけするので、丁重に理由を説明してお詫び申し上げ、日程変更などをお願いしました.少し熱の下がった月曜日には一日中電話やメール等、仕事の打ち合わせを隔離された部屋の中で行いました.

 インフルエンザ予防は、十分な睡眠と栄養補給、手洗いうがいが基本のように思います.予防接種も保険のようなものですが、罹った時のリスクを考えると、接種しておいた方が良いと思います.(数年前に予防接種をうったけれども、かかったことがトラウマになってうちませんでしたが、やはりうつべきのように思います)

 あの後、同じフットサルに参加していた小学生もインフルエンザにかかったことが分かりました.私がうつしたのかと申し訳なく思いましたが、今、旧日原の小学生も10人くらいかかり、益田の小学校も学級閉鎖になるなど、周辺地域で大変流行っているので、皆様もくれぐれもご用心ください.

 なお、自分のインフルエンザよりも妻がダウンしていました1週間の方がとても大変でした.子ども4人の家族は、すぐに家は汚れる、食事を作るだけでも一苦労、洗濯など、家事の仕事量の多さに驚きました.主婦業は、傍目で見ているよりも、実際にやれば相当大変なものだということが良くわかりました.

 ここ最近の熟年離婚件数は、約45,000組前後だと言われます.厚生年金分割法も制定された今、一層その数も増えるかもしれません.

 夏は地球温暖化で猛暑日が続き、冬も雪がろくに降らなくなっていることを見ていても、古来より大切にしてきた「おかげさま」「もったいない」の心を失って生きている現代人(自分も含めて)の姿を感じます.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

消防団家族ふれあい大会

 津和野町消防団日原第4分団(左鐙の消防団)では、11月23日(金・祝)に、家族ふれあい大会を左鐙公民館において行いました.

 この家族ふれあい会は、普段、消防団の活動で負担をかけている団員の家族を招き、遊んだり食べたりして、楽しい一日を過ごしてもらおうと、今回初めて企画しました.

 津和野町消防団長や副団長、消防日原分遣所の署員の方々に来賓でお越しいただき、団員の家族と共に交流していただきました.

 午後3時ごろから、六日市温泉「ゆらら」において、温泉と屋内プールで楽しむグループと、左鐙小学校グランドでソフトボールを楽しむグループに分かれて、汗を流しました.

 汗をかいた後は、お楽しみの懇親会でした.メインはお座敷寿司で、津和野の福寿司の若大将が、目の前で握り寿司を握っていただく姿に、子どもたちは大喜びでした.他にも京村牛のステーキなどに舌鼓を打ち、カラオケやビンゴゲーム、スーパーボールすくい等で楽しみました.

 ビンゴゲームの景品は、京村牛や島根わさび、こごみや下森酒造の日本酒「寶泉」等でした.

 「俺が俺がの我をすてて、お陰お陰の下(げ)で生きる」という言葉があります.

 私たちは自分が頑張っていることしか見えません.しかし、見えないところで多くの人々のおかげをいただいて生かされ、支えられていることを忘れた時に、人間は傲慢になり、大切なものを失っていくのでしょう.

 消防団活動も、家族や地域の方々に支えられて成り立っていることを忘れてはいけないと思わされたことでした.

065

057

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ディズニー・オン・クラシック in グラントワ

 当地から車で30分ほど行った益田市に、島根県芸術文化センター「グラントワ」があります.このグラントワは、石見地区の特産である石州瓦を28万枚使った瓦の建築物である.グラントワとは、「おおきい屋根」という意味だそうです.

 このグラントワは、島根県が2005(平成17)年に、島根県西部の芸術文化の中心施設とするために作られた、おそらく中国地方、全国でも有数の音響設備を備えたコンサートホール(大ホール1500人・小ホール400人)と美術館で構成されています.

 このグラントワができたおかげで、今までなかなか全国レベルの音楽や芸術に触れる機会が少なかった石見の人たちに、身近なところで触れる場所ができました.

 11月3日(祝)に、ディズニー・オン・クラシックが行われ、仕事の私以外の家族が皆で聞きに行って、とても感激して帰ってきました.人が感激や感動を受けることは、生きる力になると思います.

 当地も、自然の豊かさと共に、全国レベルの芸術文化に触れられる場所が作られたことは、とても大きな意味を持っていると思います.

 「芸術家の使命は、人間の心の奥底に光明を与えることである」(シューマン)

 皆様もぜひ一度、グラントワに訪れてみてください.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歩く速さで

 私は歩くのが好きです.よく子どもと手をつないで近くを散歩します.

 歩くと、自動車に乗って過ぎていく風景では見えないものを見ることができます.

 私たちは、忙しい毎日の中で、大切なものを見失って生きているのかもしれません.

 忙しいという言葉の「忙」は、りっしんべんに亡ぼすと書きます.これは、忙しいとは、心を亡ぼすことなのだと表している漢字です.

 作家の亀井勝一郎氏は「多忙とは、何事も成し得ない空疎な自分が、何事かをなし得たと思い込むための必要な錯覚である」と述べられています.

 人生においては、急いで走ることだけでなく、歩く速さで周辺をゆっくりと見ること、考えることがとても大切なのかもしれません.

| | コメント (1) | トラックバック (0)

畳の名水

 津和野町左鐙の畳(たたみ)地区には、山から湧き出る名水があります.この湧き水の前には、車を停めて水を汲みに来ている人をよく見かけます.

 私も畳から左鐙へ行く途中に、サイクリングやランニングの途中で、そのまま水を飲みます.とても美味しい水です.

 この畳の地は、貯水池よりも上に家がなく、水道の水でも天然水とかわらない美味しい水が飲めます.私は喉が渇いたときには、ジュースやお茶を飲むよりも、水に氷を入れて飲むのが一番好きです.

 子どもたちは、都市の方へ行くと「水が美味しくない」とよく言っています.水は生きる基本で、お茶にも、料理にも、コーヒーにも、お風呂にも、きれいで美味しい水があると全く違います.

 歩いていけるところに店はないけれど、高津川を見下ろす景観の良さや空気の美味しさ、水の美味しさ、海や川魚の美味しさ、野菜の美味しさ等、この地はとても住みやすい場所です.

 ヒマラヤのふもとにあるブータンという国の国王は、ペットボトルの水がどこでも買えることよりも、どこの川の水でも飲めることの方が豊かだと考えるそうです.

 日本は経済的に豊かになって、ダムを作って川の水をにごらせ、生活排水で川や海を汚し、そのまま飲める川はほとんどなくなりました.

 日本は経済的には豊かになって何でも手に入るようになったけれども、本当の意味で豊かになったのだろうかと思う今日この頃です.

 025

 山から湧き出る畳の名水 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

稲刈り

 左鐙では連日の好天に恵まれて、稲刈りが行われています.

 今日は私も柿木村の大井谷の棚田の入り口付近にある他の稲刈りを手伝いに行きました.

 今日は雲ひとつない晴天で、頭から滝のような汗が流れながら稲刈りをしました.

 この田では、はぜ干し(天日干し)をするので、刈った稲を拾って、立てたはぜに干します.コンバインならばすぐにモミにできるのですが、はぜ干しは、手間をかけて逆さまに干すことによって、稲の茎の甘みが米に下りて、独特のうまみがあるようです.

 「米」という字は、分けると「八十八」になります.この漢字の意味は、米作りには八十八ほどの手間がかかるという意味があるようです.

 米作りは、モミから苗を作り、田起こしから、田植え、他の草取り、水の見張り、稲刈り、はぜ干しというように、大変な手間がかかります.そして、天候によって大きく出来が左右され、清水が不可欠です.

 だからこそ、一粒の米粒でも「もったいない」と大切にすることができるのだと思います.

 お金だけを出してお米を買うだけでは分からない貴重な体験が田植えや稲刈りをすることによってできます.皆さんもぜひ稲刈りを体験されてみてはいかがですか.

 森林に囲まれた環境で、稲刈りをすることは、ストレスとは全く無縁の一日が過ごせます.こんな一日を過ごすと、農業というのは本当に素晴らしい職業だと思えます.

 ただ、稲刈り機を持つ姿勢が少し前かがみになるため、少し腰が痛くなりました.今夜は風呂に入って、ビールを飲んでゆっくりと眠ろう.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

分かれ道

 昨日は、夕方、下の娘を後に乗せて自転車で日原までお買い物に行きました.途中、トンネルの近道と円の谷の回り道があり、迷ったのですが、遠くても景色の良い円の谷回りを選びました.とても気持ち良いサイクリングでした.

 人生には、いくつもの分かれ道があります.人生において、どちらの道を行ったら良いのか迷うことがあります.どちらを選んでもいばらの道を行かなくてはならないのですが、どちらか決めなくてはなりません.

 「悔いのない生き方をしよう!」というフレーズがありますが、悔いのない人生なんてあるのでしょうか.

 しかし、後悔のない人生はないとしても、私はその時その時を精一杯に生きて、自分の心に忠実に生きたならば、たとえいばらの道であったとしても、後で自分の選んだ道で良かったと言えるのではないかと思います.

 大事なことは、人の言葉に振り回されるのではなく、自分でしっかりと考えて、本当に自分自身が望むことを選ぶことではないかと最近思っています. 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみの楽しみ④ 海

 左鐙は、日本海へも車で30分で着きます.釣りの好きな人は、鮎釣り、海釣りと毎日をとても楽しんでおられます.

 釣り好きな人は、釣りで新鮮な日本海の魚を釣り、畑を借りて自分の食べる安心野菜を作って生活する自給自足の生活は、定年退職された方が住まれるのには最適だと思います.

 私は釣りはあまり上手ではないので、もっぱら泳ぐことに専念しています.昨日は、下の子ども二人と一緒に益田市内の海水浴場へ行きました.

 ここは、私の見た中では、きれいな日本海の中でも一番水が澄んでいて、遠浅で波も穏やかで海水浴に最適だと思います.場所は言いませんので、探してみてください.ヒントは益田市営の海水浴場で、すぐそばには温泉旅館もあります.

 二人の子どもは、2時間くらいずっと海の中にただよって、楽しそうに遊んでいました.先日、親戚の旅行で、大阪のユニバーサルスタジオジャパンに行きましたが、大変な人でぐったりしました.小さな子どもにはこちらの方が向いていますし、私的価値観でもこちらの方が好きです.

 世の中にはお金で買えるものがたくさんありますが、そのものが本当に私を満たしてくれているかは別になると思います.本当に自分が求め、満足するものは何なのかをじっくりと考えてみることも大切なのではないかと思います. 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

にちはら花火大会

 昨夜は「にちはら花火大会」でした.約3000発の花火が打ち上げられ、至近距離から打ち上げられる花火は迫力十二分で、メインストリートは、毎年一夜だけ東京都心のような賑わいです.

 昨日は夕方6時で最後の仕事が終わったので、弟家族と一緒に花火に出かけました.今年は、近年の厳しい財政状況による花火大会なので、今後の継続のためにも、友人知人に寄付をお願いして、まとめて商工会へ持って行きましたので、なお、親近感を覚えた花火大会でした.

 約2週間休みなしで仕事をして、弟家族もいて花火大会もあるので、昨夜は少し楽をして食事に出かけようと考えました.しかし、どこも多いみたいなので、来客時の困ったときの「京村牛」を買いに、益田の脇浦精肉店へ出かけました.当日は仕事の移動の途中で、ちょっと抵抗感はあったのですが、仕事のユニホームのままで行きました.

 そうしたら、京村牛はお盆需要の大人気のため、売り切れでした.にちはらの道の駅へ出荷する分もないそうです.しかし、他の島根牛はあったため(ここの肉はどれも安心できます)、カルビを買って帰り、庭で自然のプラネタリウムを眺めながら、兄弟水入らずの楽しい一夜でした.

 今日は久しぶりにとても暑いサウナのようなユニホームを脱いで、久々のオフです.ゆっくりしよう.また、ホームページも更新していきます.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

走ること

 最近、左鐙の公民館周辺までの4.2キロを、メタボリックシンドローム対策とダイエット、地球の温暖化防止、高騰したガソリン代の節約のため、自転車で行くことが多くなりました.

 しかし、一昨日、車も自転車も左鐙付近へ置いて帰ったので、今回は走って自動車と自転車を取りに行くことにしました.

 これは、私が尊敬している隣町の吉賀町役場に勤務されているH.Aさんが、よく地元柿木で走っておられるのを見てから、自分も走ろうかなとは思っていました.

 日本は経済的に豊かになって、車を使うようになって、糖尿病患者はこの40年で3万人から700万人に激増した.糖尿病予備軍も含めると2000万人にも上ると言われています.

 原因は言わずと知れているように、運動不足と高カロリーの食事である.日本は経済大国になったと言われるが、本当の意味で心が豊かにならずに、贅沢に浸かり、糖尿病やメタボリックシンドロームが増えただけのような気がします.

 今流行の○○ダンスなどは自分の性には合わないので、走ることにしました.走っていると、生きる力も付いていくような気がします.

 暑ければクーラーをつけ、移動は車、高カロリーの食事を続けることは、どう考えても体に良くないし、またそれらが日本人からハングリー精神を奪ったような気がします.

 皆さんも近くへ行くのに車を使うのをやめて、歩いたり、走ったりしてみませんか.きっと心地良い汗と強い気持ちが生まれてくると思います.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験反省会

 昨夜、夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験の反省会が行われ、二十数名のスタッフが集まりました.私は仕事で少し遅れて参加したのですが、盆前の忙しい夜8時からの会でありながら、たくさんの方のご参加をいただけましたことに、皆の山村を守っていきたいという思いの強さを感じました.
 ここに参加者の方からの御礼のメールをご紹介いたします.
 
 この度は息子に貴重な体験をさせていただきまして、ありがとうございました。関係者スタッフ一同の方、大変、大変お疲れ様でした。
 息子はかなり楽しかったみたいで、思い出話をたくさんしてくれました。いなかの生活がきにいったみたいで、住んでみたいといっております。私の町にはそうそうトンボはとんでいませんし、ましてや泳げる川なんかありませんし・・・。またこういう機会がありましたらぜひ参加したいといっております。それでは、失礼します。
 嬉しいお手紙です.人が田舎に魅力を感じるのは、人間も自然の一員であるからだと思います.今の日本の心の貧しさは、人間も自然の一員であることを忘れて、自然と隔離して生きていることではないかと思います.
 人間は自然に支えられて生かされているのです.人間の生を支える緑の大地、空気を生み出し、保水力のある広葉樹の山林、山から湧き出す清水、これらがなくて人間は生きることはできません.
 都市の子どもと田舎の子どもが、一緒に自然の中で宿泊生活して、一緒に楽しめたことは何よりも嬉しいことでした.都市と田舎がお互いを理解し合い、支え合うことが最も大事なことだと思えます. 
098 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験終わる

 夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験の最終日が昨日終わりました.

 最終日の昨日は、さすがにつかれてぐっすりと眠った翌朝、朝食にホットドッグをいただいた.このホットドッグは、パンにウインナーや野菜を詰め込んでアルミホイルで包み、牛乳パックの中に入れて、火をつけて焼いて、牛乳パックが燃え尽きたときに、食べごろになる面白い焼き方でした.

 食後は、子どもたちはやはり目の前の横道川へ魚とりに行きました.安蔵寺山から湧き出す透明度あふれる横道川は、川臭さも全くなく、水に浸かって出ても、シャワーを浴びたように気持ちよく、子どもたちから大人気でした.

 閉会式では、一人ひとりの思い出の感想発表や、在校生と卒業生による左鐙小学校の校歌斉唱で会は感動の幕を閉じました.最後に、左鐙公民館長の藤井茂治さんからいただいた鮎を使って鮎めしのおむすびをおいしそうに食べて、再会を誓って分かれました.

 会長の京村まゆみさんは寝る間も惜しんで本当によく働かれました.会計責任者の益成典子さんも、調理に、会計に、京村まゆみさんのサポートにとフル回転されました.この二人がいなければ、とてもこの会は成立しなかったと思います.本当にお疲れ様でした.

 私はと言えば、会が始まってからは閑職でした.ブログの更新や家族へのメール、新聞記者さんやスタッフ、子どもたちとの会話や対応、自動車の運転などが主でした.なぜ閑職だったかと言えば、藤井 宏さんや安見真司さんの細かな対応、仕事時間以外は遅くまで常に笑顔で子どもたちと触れてくれた清水健太さん、この人たちのおかげで、ゆっくりと全体を見ることができました(休憩時間には横道の涼しい風に吹かれて、つい昼…も).本当にありがとうございました.

 そして、左鐙小学校の教職員の皆様、左鐙公民館長の藤井茂治さん、台所や全体の進行、自動車の運転などをしていただいた多くの地元の人たちや保護者の人たちの皆様、お名前は列挙いたしませんが、本当にありがとうございました.皆さんの力の一つでもなければ、この会はできませんでした.

 参加された方から御礼のお手紙もいただきました.ここに匿名でご紹介いたします.

 「3日間本当にお世話になりました。ありがとうございました。SL山口号"に乗り、無事帰宅しました。この”宿泊体験”は、親にも子にも充実した、実りの多い2泊3日になりました。

 動物をちょっと怖がっていた子が、”牧場の餌やりが一番楽しかった!!"と言ってくれたこと、泳げない子が、"川でウォータースライダーして、面白かった。また来年も来ようね。"と言ったこと、どれもこれも私にとって、嬉しい言葉ばかりでした。(中略)また是非そちらにお邪魔させていただきたいと思います。ありがとうございました。」

 この会を皆の力で行って感じたことは、お金がなければできないのではなく、皆の力を結集すればできないことはないと思ったことでした.最初にはお金は1円もなく、スタッフも全てボランティアで食費も徴収する予定でした.野菜や米を持ち寄って、切り詰めてやっていくつもりでした.

 その後、島根県からの補助金をいただくことができ、また左鐙元郷自治会や左鐙婦人会、明日の左鐙を考える会、左鐙公民館、下森婦人会長、村上良子さんなどからご寄付もいただいて、財政的にも十分に行えることとなりました.

 毛利元就の三本の矢の教えのように、一人の力はちっぽけで弱いけれども、皆の力を合わせれば、大きな力になるように感じたことでした.

 前夜のにちはら鮎まつりで、左鐙の子ども10名と全国から集まった17名の小学生が一同に集い、銭太鼓を演じた姿は、皆の感動を呼びました.

 「継続は力なり」 本当に大変だけれども、今後も活動を続けていくことが最も大切なことだと思います.

119

にちはら鮎まつりでの銭太鼓の発表

132

牛乳パックを使ったホットドッグ作り

124

日原天文台で天体観測をする参加者

| | コメント (1) | トラックバック (0)

夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験2日目

 今日は、夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験2日目です.今朝、早い子は朝5時ごろに起きて、女性スタッフとともに虫取りに出かけました(私は今何時だろうと時計を見て、もう少し寝かせて…ともう一度ダウンしました).

 そして、朝食後、3班に分かれて、「魚釣り」「牧場のえさやり」「野菜採り」に挑戦しました.魚釣りは、益成龍一さんと大庭敏成さんに釣りの仕方を教えていただき、大きなイダやハエなど、たくさんの釣果がありました.昼にからあげにして、とても美味しくいただきました.野菜捕りでは、冨田 智さんから島根わさびの収穫を見せていただき、トマトを収穫しました.牧場のえさやりでは、京村牧場の京村真光さんから牧場のことを色々と教えていただきました.

 杣の里へ行ってからは、蕎麦打ちに挑戦し、美味しい手打ち「ざる蕎麦」をおなか一杯いただきました.

 昼からは、杣の里よこみちの前の清流 横道川で泳ぎ、安蔵寺山から流れ出る清流はとても綺麗で、皆おおはしゃぎで遊びました.

 夜は、にちはら鮎まつりにて、銭太鼓の披露をして、日原天文台で、天体観測をします.

 皆、多少寝不足ながらも、二日目も楽しく元気に過ごしております.107

杣の里よこみちの目の前の横道川で泳ぐ子どもたち

076

手打ち蕎麦の作り方を学ぶ子どもたち

083

蕎麦をこねる子どもたち

065

冨田 智さんのわさび収穫を見る子どもたち

このわさびは、手打ちそばにつけていただきました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験始まる

 今日から、夏休み子ども「さぶみ」宿泊体験の初日が始まりました.この企画は、都市と山村の子どもたちが一緒に宿泊して、自然体験などを通して交流することを目的として、今回初めて行いました.

 東は神奈川県から子ども二人で旅をしてきた子どもや、東京都、広島県、福岡県、出雲市、浜田市、益田市などから19名の子どもたちが集いました.

 17名の全国の小学生は、左鐙小の10名の子どもたちや中学生数名とともに一緒に楽しそうに遊んでいます.子どもたちはすぐに慣れるものです.

 今日は、自己紹介に続き、交流ゲームを行った後、夕食です.

 夕食は、左鐙公民館前の庭で、全てさぶみ産の食材を使った「さぶみバーベキュー」です.京村牛を筆頭に、羽野農園の名産の菌床しいたけ、とうもろこし、かぼちゃ、ピーマン、益成龍一さん・典子さん夫婦作のにんじん、トマト、きゅうり等、獲れたての野菜が夕食を飾りました.

 形は綺麗にそろっているが、旬の味がしない野菜に比べて、畑で十分に熟した旬の野菜を使った「さぶみバーベキュー」は最高に美味しかった.

 しかし、せっかくの美味のバーベキューなのに、あわのないビールは本当に不本意で残念でしたが、子どもの笑顔が最高の美味でした.

 この後、銭太鼓と子ども神楽が行われ、夜は名湯 柿木温泉に入浴して、校庭でカブト虫、クワガタムシ捕りに挑戦して、睡眠に就きます.

 みんな元気ですので、ご家族の皆様ご安心ください.

032

さぶみバーベキューをいただく子どもたち

035

オール地元食材の「さぶみバーベキュー」

042

子ども神楽を見学する参加者

| | コメント (0) | トラックバック (0)

消防団一泊研修会台風のため中止

 さぶみの消防団では、7月14日(土)~15日(日)に長崎の雲仙普賢岳災害記念館へ一泊研修会へ行く予定で、研修旅行委員長の私と副委員長で、何度も詰所(消防車庫)に集まって一緒にコースを考え、電話で宿泊場所や食事場所を予約しました.

 しかし、台風の到来によって、途中高速道路が通行止めになる可能性と万が一進路が変わり、当地へ台風が直撃した際の消防団の対応の必要性から、中止の判断となりました.

 中止が決定してから、予約していた宿泊場所や食事場所全てに断りの電話を入れ、団員へ連絡した.事前より予定していただきながら、気持ちよく中止を受け入れて、キャンセル料も一切請求されなかった知人・業者の皆様に対し、本当に申し訳なく、また心地良い対応に対し、心より御礼申し上げます.ありがとうございました.

 また、必ず長崎へ行き、利用させていただきたいと思っています.

 その晩は、中止のショックを癒すために、団員5名で夜を通して河川の監視をし、詰所で泊まって一晩語り明かした.

 しかし、テレビのニュースを見てみると、台風の被害の大きさ、そして、その後の新潟県中越沖地震で、被災地とたくさんの被害にあわれた方々の姿をお見かけしました.一泊研修会の中止などは爪の先程のちっぽけなことだと自分で思いなおしました.

 被災地の一刻も早い復旧を願うとともに、自然の力の大きさを痛感しました.

 一昨年の水害でも感じたことでしたが、人間の科学がどんなに進んでも、自然の力の前には全く無力だと思います.

 そして、最近の頻発する台風などは、森林伐採や化石燃料を燃やして二酸化炭素を排出することによって地球温暖化を招き、地球温暖化が原因で海面の温度が上昇して起こるようです.

 そして、その台風などの地球温暖化による自然災害は、自然を破壊して生きている人間に対する、地球の怒りのようにも感じられます.

 私たちは、私たちが生きることを支えてくれているこの地球に対して、もっと感謝して大切にしなければ、終に最後は人間の住む場所さえなくなるように思います.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみ保育園 お誕生会七夕発表会・横道「杣の里」親子お泊り会

 昨日は、左鐙保育園のお誕生会・七夕発表会でした.

 今回は会場を左鐙保育園ではなく、外に出て、横道の「杣の里」において行いました.

 お誕生会・発表会には、保護者のみならず、地元の人たちなど十数名の方々も発表会を見に来ていただいて、にぎやかに発表会を行いました.

 演目も、歌、ピアニカ、神楽、鳴子、さぶみ太鼓、バレイなど、かわいい園児たちが一生懸命に頑張りました.

 過疎高齢化していく横道で、参加いただいた地元の人たちも、園児たちのかわいい演技に拍手喝采でした.

 お忙しい中、本当によくお越しいただきました.ありがとうございました.

 発表会の後は引き続き、杣の里のケビンで、親子お泊り会を行いました.あいにくの雨でしたが、軒下でバーベキューを行い、子どもたちはケビンの中で嬉しそうに遊んでいました.

 杣の里のケビンは、地元にありながら、私を含めてほとんどの人が初めて入りました.とても広く、ログハウスのように丸太を組み立ててあり、無垢のフローリングで、風呂も広く、皆とても喜びました.子どもたちが寝た後に、保育者と保護者で話しに花が咲き、気がつけば日付変更線を大きく回り、短い針が2、長い針が6を差していました.

 とても楽しく、忘れられない一泊の親子お泊り会でした.

 この杣の里のケビンは、全国どころか、津和野町民にもあまり知られていませんが、津和野町の歴史的町並み見学と共に、大自然の中でファミリーや、仲の良い友人などで泊まるにはとても良いと思います.

 杣の里の上には、島根一高い山であり、ぶなの原生林が残る安蔵寺山があり、周辺には安蔵寺山から流れ出る透き通った清流 横道川、満天の星空があり、カブトムシやクワガタムシなどの自然の中にいる昆虫等、自然の豊かさを体感できます.

 時には、都会の喧騒を離れて、静寂の横道「杣の里」に泊まってみられませんか.きっと、忘れていた心のやすらぎを取り戻すと思います.ケビンは3棟あり、個人的な宿泊の他に、出張お泊り保育や小学校の宿泊学習にも最適だと思います.

 詳しくは、杣の里ホームページhttp://www.sun-net.jp/~soma-st/soma-st.html

 038

 016_1

048   025

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

津和野町消防操法大会が開催される

 昨日、津和野町消防操法大会が、津和野町内で昨日7月1日に開催された.

 我々津和野町消防団日原第4分団は、操法大会に向けて日夜練習を重ねた.

 日原第4分団は6番目の登場であった.私は大会に出て3年目となるが、やはり緊張するものである.操法を始める時には、膝がふるえた.ちゃんと水がスッと出るだろうか、ポンプの圧力がオーバーしないだろうかなど、考えれば考えるほど本当に緊張した.

 自分たちも他の分団の皆様も精一杯頑張った.

 今回の点数は、183.5点で第6位であった.昨年が178点で第4位だから、点数が上がって順位が下がったことになる.それは、どの分団も昨年の大会以降、頑張って練習してきた成果であったと思う.

 まあ順位は順位として、一生懸命に頑張ったことには満足感があった.

 1ヶ月以上にわたって練習を重ね、吸管の結合から放水して標的を落とすまでに、昨日の一番早いチームで48秒、我が分団で55秒であった.これは、練習を重ねなければ出せないタイムである.操法大会に向けた練習が、いざという時の一刻一秒を争う火災から人命を守ることができるのだと思う.もしこの操法大会に向けた毎日の練習をしていなければ、私も消防ポンプのエンジンを迅速にかけることは、とてもできないと思う.ここに操法大会の意味があると思う.

 その後は、操法要員で柿木温泉で入浴して、帰ってからは、生ビールと京村牛、目の前の清流 高津川で団員の数名が鮎をかけに行き、釣ったばかりの鮎を背ごしにしていただいた.本当に美味しかった.多分東京で食べれば1万5千円くらいはするだろうし、これだけ新鮮な鮎はいただくことはできない.そう考えれば、田舎に住むことは、都会では味わえない豊かさがある.

 朝4時半に目覚めて操法大会に出て、午後1時くらいから飲み始めて、家に帰ったのが夜11時だった.今日はさすがにきつかった.しかし、とても充実した気持ちだった.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

畳公民館の親睦旅行

 津和野町左鐙地区にある畳公民館では、2年に一度、親睦旅行を行っており、昨日は日帰りで、広島呉方面へ親睦旅行に出かけた.小雨降る天気ではあったが、なごやかに楽しく一日を過ごした.

 畳地区は、18世帯ほどの小さな集落ですが、そのうち病気や仕事、部活等の理由により参加できない方を除いた15世帯35名が参加した.最近は集落の旅行等には参加しないことが多くなった現代にあって、畳公民館の親睦旅行はいつも参加率が極めて高く、昨日も主催者として本当に嬉しく思ったことでした.

 先日、都市部へ仕事で行った時に、そのマンションでは表札を掲げず、隣の人の名前も判らない場合が多いと聞いた.現代の危険性を考えた時にはそうであろうと思ったけれども、反面寂しさを感じた.

 昔から「袖触れ合うも他生の縁」として、隣に引っ越してきたのも何かの縁と、人の出会いを大切にしてきた日本のよき伝統が、日本の近代化とともに失われていくのは残念に思えます.

 畳地区に日本のよき伝統が今でも息づいていることに嬉しさを感じた.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみの自然の中で生きること

 さぶみの自然の中で生きていると、色々なことが起こってくる.

 一昨日、講話に行くためにスーツに着ようと、干してあったワイシャツを着たときに、左腕にチカチカチカとした痛みが走り、すぐに脱いだら、小さな毛虫が出てきた.当分の間痛がゆく、今でもたくさんの発疹の様な痕が残っている.

 当然のことながら、自然の中で暮らすということは、虫との闘いである.夏にはムカデもしょっちゅう家の中に出てくる.ムカデキンチョールを使うと、噴射した場所をムカデが通るだけで、ムカデは死ぬのだが、逆にそれほどの効き目は人間にも怖い.

 子どもが、下に落ちたお菓子をフーフーするだけで「大丈夫」と言って食べるので、殺虫剤は厳禁である.ムカデを発見すると、かわいそうではあるが、「ごめんね」と言ってお湯をかける.

 冬には「カメムシ(ここらへんではホウムシと呼ばれている)」が大量発生する.大きな害はないが、触れるととても臭く、なかなかにおいが取れない.

 また逆に、カブトムシやクワガタムシを取る楽しみもある.

 私の家は高台にあり、目の前に清流高津川があり、夏は天然クーラーの働きをし、広葉樹林の山々が熱を吸収してくれるため、自宅にはクーラーはないし、夏の季節を感じるためにも、これでいいと思っている.ただし、冬はとても寒い.冬の家の中は、冷蔵庫よりも気温が低いときもよくある.ほとんど冷凍庫以外に冷蔵庫は必要がないほどである.

 水道水も家の上の山水から取水し、ろ過だけで活性炭なども使わないため、水道水でありながら、とても美味しい.子どもは、都会に行った時に、いつも「水が美味しくない」と言っている.

 ヒマラヤ山脈のふもとにあるブータンという国では「ペットボトルの水がどこでも買えることよりも、どこの川の水でも手にすくって飲める方が豊かである」と考えるそうである.

 今、日本は経済的には豊かになったというけれども、ダムや生活排水などでほとんどそのままで飲める水はなく、スーパーやコンビ二等で水を買うか、たくさんの活性炭入りの水道水を飲む以外に方法はなくなったのである.

 今の日本は本当の意味で豊かななのだろうか.もう一度よく考えてみるべきではないだろうか.

 虫たちとバトルしながら、自然の恩恵をいただいて、暑いときには暑さを感じて、寒いときには寒さを感じて、四季の自然を感じて、自然と共に生きることは、本当はとても豊かなのかもしれない.

 追伸 左横下の「イーココロ」は企業のご協力によって、1日1回クリックするだけで、1円ずつ、熱帯雨林の乱伐地帯への植林や栄養失調への子どもたちへの食糧支援などができます.世界全体を思う心で、できれば皆様のご協力いただけましたら嬉しいです.

011_1

家の前の風景

| | コメント (0)

さぶみ保育園「貝掘り」遠足

 5月12日は、さぶみ保育園の遠足であった.3家族、先生も合わせて20名が、山口県の阿知須に貝掘りに出かけました.

 天気は、日頃の行いがよかったかどうかはわかりませんが、午後からの雨予想をくつがえし、晴天の中で一日を楽しく過ごしました.

 最近は汚染のせいか、乱獲のせいか、あさり貝があまり取れないため、長嶺園長の助言の下、マテ貝を取ろうと、鋤簾と塩を用意して行きました.

 さっそく鋤簾で表面の土を削いだ後、穴に塩を入れてみました.しかし、なかなかマテ貝は姿を現しませんでした.代わりに「あなた何するの」と言わんばかりにカニが穴から出てきました.

 成果は、長嶺園長の取られた1匹のみでした.帰る途中に立ち寄った長門峡の道の駅で、たくさんのマテ貝を取った人を見かけました.やはり、マテ貝を取るのにもコツと知識、経験がいるようでした.「ローマは一日にして成らず」のことわざがあるように、何でも、成功の影には、学習と努力が必要であることを感じました.

 しかし、バカ貝(江戸前すしネタの青柳)は、結構取れました.バカみたいにたくさん取れるとか、目を出している姿がバカっぽいとかということが名前の由来らしいです.結構味は美味です.

 そして、蛤(はまぐり)も何個か取れました.

 子どもたちは、貝だけでなく、色々な種類の蟹(ここには立て歩きの蟹がいる)ややどかり、魚などをみつけては、喜んでいました.二人の子どもは水に浸かって遊んでいました.3歳の女の子は、一生懸命にわかめと貝殻をとっていました.

 仲良し3家族と先生方の楽しい遠足でした.

Hoikuensoku_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみ保育園

 さぶみ保育園は今日、先日雨が降ったので、竹の子とりに朝から出かけました.

 さぶみ保育園は、少人数保育の機動性を生かして、天気の良い日には地域の畑などへイチゴ摘みや芋ほり、梅干を作るための梅もぎをしたり、園庭の畑で白菜やにんじん、ほうれん草を作ったり、お花見や散歩へ出かけています.

 そして、収穫した野菜や果物で、昼のお弁当時間におかずにしたり、おやつの時間のフルーツポンチにしたりしています.わたしも果物をいただいたりしたら、保育園に持って行きます.そうしたら、おやつになっています.

 さぶみ保育園は、周辺全域が園庭のような感じです.周囲の人びとからも自分の子どものように可愛がってもらっています.

 最近の保育園の流行は、自転車乗りです.5歳児は全員補助輪なしで乗れるようになって、3・4歳児も補助輪付きで乗っています.

 今日掘った竹の子で、ちびっこたちはどんな料理に挑戦するのだろうか.  

 追伸 今日のお昼ご飯は、自分たちで切った竹の子を、外のかまどで炊いた竹の子ご飯と竹の子の煮物、さやえんどう、卵とねぎとしいたけの汁物と、果物にオレンジが付いていました.

178_3  

 竹の子収穫

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみ消防団

 消防団は、広大な山林や地域を持つ山村にとっては、山火事や河川の氾濫、家屋の類焼、人命救助など、消防署だけではまかないきれない防災を担う大切な団体です.

 それとともに、消防団は山村の青壮年の交流の場となっています.

 昨夜は、津和野町消防団第4分団(左鐙地域の分団)の総会がありました.今年も7月1日(日)の津和野町消防操法大会目指して、5月7日から練習の日々が始まります.

 私としては、この消防団の心おきなく話せる仲間と一緒の時間は、とても楽しい時間です.

 昨夜も、総会の後の懇親会で、分団長の大庭次雄さんの奥様の手料理(たけのこご飯、猪肉と大根の煮物など)と、地元一の谷の京村牛(京村真光さんの育てた牛)の焼肉でした.

 私的価値観で言えば、どんな高級料亭の料理よりも、楽しい仲間と囲む手作り料理が好きです.6月1日からは、全国でも珍しいダムのない一級河川である高津川の鮎が加わります.本当の豊かさは、お金の多少ではないと思います.

 ただ、妻たちからは、消防団は飲むことが中心のように誤解されていて、評判がかんばしくない.どのように誤解を解くか、この辺がさぶみ消防団の今後の課題だと考える今日この頃です

Kyoumurabokujyou3_041 京村牧場

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみ若妻劇団 アドリブ座

 左鐙には、若妻劇団 アドリブ座がある.このアドリブ座は、左鐙地区の若妻(?)たちの団体で、公民館祭りや町の演芸大会などに出演して笑演劇をしたり、資金稼ぎのためにたこ焼きを焼いたりしている.

 メンバーには、家業の牛飼いよりもこちらが本業ではないかと思われるような女優もおり、その他にも主演女優賞や助演女優賞を取りそうな面々が揃っている.

 私の感想で言えば、さぶみ地区(島根県津和野町左鐙)は、どちらかと言えば女性の方の躍進が目立っているように思う.

 日本では古来より、邪馬台国の卑弥呼や推古天皇等、優秀な女性が治世をすると、国がうまくいっていたようである.

 昨夜、公共の場所に灯りが点いていたので、何だろうかと思っていたら、後から電話がかかってきて、どうも今度は全国放送への出演をもくろんでいるようである.恐るべしアドリブ座.

追伸 

 この地域の紹介は、ホームページでしております.

 さぶみ地区ホームページ http://www.sun-net.jp/~sabumi/

Kodomokagura_036_1   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さぶみブログ始めます

 さぶみブログ始めます.

 さぶみ(左鐙)は、島根県鹿足郡津和野町(旧 日原町)左鐙が正式な住所です.この山間の地域には、約130戸の世帯があります.

 左鐙には、島根一高い山であり、ぶなの原生林がある安蔵寺山や、全国でもめずらしいダムのない一級河川である清流 高津川があります.

 この地域に住む人は、清流 高津川の恵みである鮎やツガニ、安蔵寺山等から流れ出る清水を使ったワサビ、原木しいたけなどの恵みをいただいて生きています.

 近年は、左鐙の抜群の自然の環境やホルムアルデヒドを使っていない旧来の民家に魅力を感じて、ハウスシック症候群に悩まされる人も集うようになっています.

 近年の格差社会の顕現により、山村は疲弊してきていますが、左鐙に住むある人が「自分は自給自足のような貧しい生活をしてきたけれども、豊かな世界を生きてきたと思う」「この地には、現金とコンビ二以外は皆ある」と言われたように、自然の恵みと心豊かな場所です.

 2010~20年ごろから、世界的な食糧危機になるようで、いくら現金があっても食料が買えない時代が来るかもしれません.食料の自給自足の生活がこれから見直されてくるように思います.

 コンピュータを使える技術以外に、日本人が弥生時代よりずっと営んできた農業がもう一度見直される時代になるような気がします.

Kyoumurabokujyou3_007_2

               左鐙の山々にかかる朝霧

| | コメント (2) | トラックバック (0)